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「ルーセット兄弟」
「名前くらいは聞いたことがあるかもしれないね」
「あぁ……噂程度だがな」


 ローは表情を変えず、頭の片隅に僅かに残っているその名前を掘り起こす。

 ルーセット兄弟。
 自分達の海賊団を持たず、また何処かに属しているわけでもない少し変わった海賊だった。手配書も何故か兄弟で1つの賞金首と扱われているというから、出回った当初は少し目を惹いた。しかし、知っている事と言えばそれぐらいで、特に目立った点もない弱小の海賊程度にしか、ローは思っていなかった。

 手配書には、厚化粧に薄笑いの細長い男と、真っ赤なルージュを乗せた口を豪快に開き笑っている、女……いや、男が映っている。しかしそこに置かれた【CASE CLOSE】の文字には見覚えがなかった。


「政府……海軍に加担してるのか」
「彼らは蝙蝠だ。嘘と裏切りに塗れ、今は海軍と仲良くしているんだろう」


 情報屋は苦笑いして、その手配書をサイドデスクの上に置いた。ローはその少し日焼けして汚れた手配書に視線を落とす。

 レキがそのルーセット兄弟が沈めた船に乗っていたことはまず、間違いないだろう。彼女が海を漂流していた時、辺りに船が破損したような木片も漂っていた。海楼石という特殊な手錠をレキがしていることを考えると、ルーセット兄弟は海軍の要請か何かでレキを追い、そして捕まえようとしたのではないか。その最中、何かのトラブルでレキはその場を逃げ出し、自分たちの元へとたどり着いた。

 レキが海軍将校という予想は、どうやら外れたようだ。


「さて、情報はこのくらいでいいかな」
「ルーセット兄弟が今どこにいるかはわかるのか」
「んん、それに答えるには君の手持ちでは足りないよ」


 情報屋は椅子に深く座り直し、パイプをふかせて笑った。
 まだ一度も目の前にちらつかせていない金貨の枚数が分かっているというのだろうか。ローはピクリと眉を動かしたが、大人しく報酬の入った袋を情報屋に放り投げた。
 収穫はあった方だろう、あまり長時間外にレキを一人でおいておくのも少し気になり、ローは踵を返した。

 ドアノブに手をかけようとしたその時、ぽつりと、まるで独り言の様な囁きがローの歩みを止めた。


「その女の子は元気にしているかな。君たちに頼ったのかな?」
「……どうしてそんなことを聞く」


 視線だけを後ろに向けると、情報屋は顎に手を付き、目を閉じている。まるでレキのことを知っているかのような口ぶりが引っ掛かった。


「いや、気になっただけだよ」
「……記憶を無くしている。自分の名前しか覚えてねぇらしい」
「記憶が無い?……そう、か。そうか……」


 何か一人で納得するようにうんうんと頷いた情報屋は、ふぅっと息を吐き出した。そして徐に立ち上がると、ローに今しがた渡された金貨の入った袋を投げてよこした。
 ローは驚きそれを受け取ると、何のつもりだと情報屋をうかがう。表情は暗い建物の影で完全に見えなかった。


「ルーセット兄弟は悪魔の実の能力者だ。その能力を知っているかい?」
「なに?」
「人の記憶に関する能力らしいよ」
「!」


 ローの双眸が見開かれる。その一瞬で彼の頭の中では様々なことが繋がっていった。あやふやな仮説は、どんどん現実味を増していく。
 そして最後に浮かんだのは、レキの顔だった。


「知っているのか、あいつを」
「まぁね。でも彼女はもう私のことを知らない。それで良いんだ」
「どういうことだ」
「トラファルガー」


 少し、重みのある声で名を呼ばれる。
 情報屋はどうやら、もう自分の求めることに答える気は無いようだった。そこにどんな関係があったかはわからない。ただレキにとって敵ではないように思え、その言葉の続きを待った。


「あの子をよろしく頼むよ、それが今回の報酬にしようかな」
「宜しくも何も、ここで降りるって聞かねぇけどな」
「おや、そうなのか。わざわざ私の所にまで来るから、随分気に入っているのかと思ったよ」
「……」


 くすくすと笑う情報屋の冷やかしには答えず、ローは今度こそドアノブに手をつけた。
 光の筋が暗く埃っぽい部屋にまっすぐに伸びる。急に明るくなった視界に少し目を細めた。


「言われなくても」


 その呟きが情報屋に届いたかどうかはわからない。
 しかしそのドアが閉じられる時、情報屋は静かに微笑んだ。

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