33

「はぁ……」


 ローが扉の向こうに消えてしばらく。近くの朽ちた石垣に腰掛けていたレキは、思わずため息をついた。

 なんて穏やかな景色だろう。そう思わずにはいられない。少し高い所にあるこの場所は、見下ろせば赤い煉瓦屋根と白い壁が点在する町並みが広がり、その向こうには勿論真っ青な海と空が広がっている。

 しかしこの場所にはあまり人は寄り付かないのか、静かなそよ風と鳥の鳴き声が聞こえるだけ。この島は自分に危険なものなど何もない、平々凡々な島に思えた。


(市場の人もとても親切だったし……この島でなら、一人でも生きていけるかな……)


 どこか住める所……働ける場所を探して、そうすれば友人だってできるかもしれない。もしかしたらゆっくり記憶だって戻って、以前の生活に戻れるかもしれない。
 彼等とは二度と会うことはないだろう。振り替えることはない、海賊たち。

 そうして、少しずつ少しずつ。
 この短い航海の記憶も薄れて……。


 ――欲しいもんは手に入れる。海賊だからな


 どうして今になってこんな言葉を思い出すのだろうと、レキは苦笑した。


「……ただの気まぐれ、だったのかな」


 その答えを知っている男は、まだ扉を開けてはくれなかった。



「戻る?」
「回収してこいってさ」


 ぼーっと町並みを眺めていたレキの耳に、二人の男の声が届いてきた。
 どこからだろうとキョロキョロすると、丁度坂の上から下ってきている二人組が目につく。どちらもガッチリとした体つきで、その見た目は屈強な船乗りだ。しかしその腰に引っ掛かっている様にぶら下がったサーベルを見て、レキは全身に悪寒が走った。


(っ……いた、頭……っが )


 鋭い痛みが頭に響くが、レキは何とかして石垣の影に身を隠した。何故か隠れなければいけないと思った。ポケットの中に乱暴に手を突っ込み、以前ローがくれた薬を取り出し、無我夢中で口に放り込む。
 その感にも男たちは近付いてきて、息を殺すレキのすぐ側を通った。


「死んだかな」
「当たり前だろ。能力者が海楼石抱っこしたまま、海にボチャンだぜ」
「はぁ〜なんで死体の回収なんてしないといけないのかねぇ」


 男たちは至極面倒くさそうに愚痴を溢しながら、港のある方に歩いていった。
 レキは大きくなる鼓動を聞きながら、自分がじっとり汗をかいていることに気付く。男たちは海に落ちた、海楼石をつけた能力者のことを知っている。そしてそれは正しく今の自分の状況だった。


(なにか知ってる……私のことっ)


 レキは息を深く吸って、そして大きく吐いた。そして次の瞬間には石垣を抜け出して、坂を駈けていた。

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