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「キャプテンがレキを引き留めてよー!」
「そうですよ!あいつ身寄りも何にも無いし、相変わらず記憶も戻ってないんっすよ!」
「おれ、レキのこと守るから!ちゃんと面倒みる!」
「お前はどっちかって言うと面倒見られてるけどな!」
「すみません!」

「あーあー、うるせぇ」


 ローは持っていた刀で、せがんでくる一人と一匹をゴンッと叩いた。朝から煩いことこの上ない。原因は勿論今待っている女、レキのことだ。


「そんなに言うなら、てめぇらで引き留めろよ」
「もうやったの!とっくにしたの!」


 まぁそうだろうなと思うローだったが、ロー自身もそう簡単に譲る気はない。ここで自分が引き留めても、栓無いこと。だがそれをこの二人に言っても意味がないのだ。
 自分にもそれなりのケジメがある。他人の言いなりになるだけの女なら、側に置きたいとは思わなかった。

 そんな日和った生き方をしてきたわけじゃないだろう。
 お前はそうじゃなかっただろ。
 おれに興味を沸かせた時みたいに、お前の本音を見せてみろ。



***



「ここで待っとけ」
「?うん、わかった」


 随分町の中心部から離れた閑散とした住宅地まで歩いてくると、ローは蔦で白壁が多い尽くされている鬱蒼とした一軒家の前でそう言った。

 レキの表情に陰りが見える。そう自分には見えているだけなのかもしれないが。こっちが呆れる程いつも笑顔なレキ。何故か気に入らなくて、頬を思い切り引っ張った。


「いっいひゃひゃひゃ!?」
「ふん」


 反応はいたって普通で、レキは突然何が起こったのか頭がついていっていない様に大きな瞳を忙しなく瞬かせている。ローはパチンと引っ張っていた頬を離すと、ズボンのポケットに手を突っ込み、なんの説明も無しに、立て付けの悪そうなドアを開けて中に入っていった。



***



 中は外見の想像を裏切らず、昼間だというのにどんよりと薄暗くカビ臭い。窓が外から見る限りではいくつかあった筈だが、内側から塞がれているのか隙間から光が漏れ混んでいるだけで、少し奥に入れば足元もおぼつかないだろう。ローは足元に転がっている家具の破片を蹴りながら、僅かに感じる人の気配に向かって進んだ。

 完全に廃墟同然のこの家は、治安の良いだろうこの町にあってそれでも取り壊されず、ずっとこんな様子で建っているという。
 それはここを根城にする者が海軍にも、はたまた海賊にも重要視されている為だ。もともとこの島の海軍駐屯地は、この家にやってくる海賊を取り締まる為に出来たようだが、現在では問題を起こしたりしなければある程度は黙認されているらしい。

 しばらくして、ぴたりとローの足が止まる。その先で暗闇が揺らいだと思えば、嗄れた声がひっそりと聞こえた。


「アポイントは取ってもらっていたかな」
「……訪ねて、その時にいれば良いと聞いたが」


 シュッと何かを擦る音が聞こえたかと思うと、炎の明かりで一瞬暗闇が消え去る。

 そこには初老の男が椅子に腰掛けていた。この家と比べても明らかに上等な衣服を着ている。小さな明かりに照らされた顔には陰りを落とすシワが刻まれてはいたが、聞き及んでいた年齢よりずっと若く見えた。
 すぐに収束した火はゆらゆらと揺れ、パイプの頭から燻った様な煙をあげる。そして直ぐに消されてしまった。


「情報屋……でいいんだな」
「私はつい最近引退してね。最近は弟子に任せてしまっているんだ。君はタイミングが良い。明日にもここを引き払おうと思っていたところだ」
「なに?」
「そんな怖い顔をしないでくれ、トラファルガー」


 ローは眉間にシワを寄せる。

 悠々とパイプを噴かす男は、闇の世界で情報屋として知れ渡った男だ。海軍にも海賊にも太いパイプを持ち、この男が見方をすれば、それだけで世界勢力を掌握出来るとまで言われる。しかし情報を与えてくれるか否か、それはその人物と報酬に片寄るらしく、所謂偏屈者なのだ。元々この場へはペンギンが同行したがっていた。

 それが今は引退したという。そんな話は聞いたことがなかった。


「情報は買えるのか」
「内容によるね。最近の事は少し疎いかもしれないよ」
「……近海のことは」
「海賊が知りたがる様なことがあったかな」


 情報屋は少し身をのりだし、膝の上に肘をついてローを見上げる。
 近海のことなど、わざわざ聞きにこなくても、自分達はその海を通ってきたのだろうと言いたげだ。わざわざ世界で一番情報に精通している、自分に聞くほどのことでもないと。しかしそれがこの男の興味を惹いたのか、続きを促す様な視線を向けられた。


「ここ数日、海難事故で公に発表されていないものがあるか?」
「海難事故?どうしてそんな事に興味が?」
「黙って答えろ。一か月の間にあったはずだ」
「……ふむ、」


 情報屋はパイプをぷかぷか吹かして腕を組んだ。その様子では心当たりはあるのだろう。しかし値踏みしているような雰囲気ではないところを見ると、報酬がどうのということではないのだろうか。ローはペンギンが用意していた【報酬】の入った袋を預かっていたが、未だ男の前には出していなかった。


「どうしてそんなことが知りたいのかな」
「それに答える義務があるか?」
「そうだね、興味本位だけならあまり言いたくない」
「海軍が絡んでるのか」
「それも、答え次第だね」


 だいぶ部屋の暗闇になれてきたローの目には、男の口角が上がったように感じた。情報屋のペースに乗せられていることに苛立ちを感じたが、ここを武力行使すれば、永遠に情報を得る機会は失われるだろう事はローも理解している。
 ローの頭を巡るのは、先ほどのレキの陰った表情。いくつもの枷を嵌めている彼女。記憶、海楼石、孤独、そして弱いだけの自分に対する自責。少しでも、彼女が過去を手繰り寄せることができるのなら。



  「……い、行く場所っ分かったの?」

    向かう場所がわかってねぇのはお前だろ



  「さっきキョロキョロしてたでしょ」

    泣きそうな顔しやがって





「女を拾った。海楼石の錠を嵌めていて、海を漂っていた」
「女……海楼石?」


 情報屋はその単語を聞くと、ううんと唸って顎を掻いた。
 確実に何かを知っている。さすがにこれで言い渋ったら刀を首筋に当ててやろうかと思ったが、情報屋は咥えていたパイプを手に取ると、「一つ」と小さく言った。


「二週間くらい前だったかな……一隻、船が沈んだ。小さな民間船だよ」
「……」
「そこに誰が乗っていたかは……、私も詳しくは知らない。ただ、沈めたのが誰かはわかる」
「名前は?」


 情報屋は一呼吸を置いた。そして自分が腰かけている椅子の隣にあった古ぼけた棚から、一枚の手配書を取り出し、ローに差し出す。


 【CASE CLOSED】


 そう、赤文字で書かれていた。



「ルーセット兄弟だ」

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