27

 わかっていたはずだった。
 その期限はもうすぐそこまで来ていること。

 ただ毎日が楽しくて、この船で手伝えることが少しずつ増えてきて、やっとペンギンとも……皆とも打ち解けることができて。そして最初こそ最悪な出会いをしてしまったローのことも、少しずつ、少しずつ分かってきて。これからもたくさん知っていけると、思ってしまっていた。


「そっか……思ってたより早いね」


 思わずローから視線を逸らす。平然を装ってみてその実、レキの心は予想以上にざわついていた。この日が来ることはわかりきっていたはずで、船を降りるんだと言い張ったのは自分自身。それなのにいざ終わりが近付いてくると、不安や寂しさが顔を出す。何て自分勝手なんだろうと、思わずに入られなかった。


「船長さんに色々診てもらったけど、結局記憶戻らなかったね」
「あぁ、どこの海軍将校かって噂だったな」
「そ、それはシャチ達が冗談で言っただけでしょ」


 ローの誘いを断る女も珍しければ、そのローに平手打ちをした女なんているわけもなくて、一時クルー達にレキの正体は肝の据わった百戦錬磨の海軍将校ではないかなんて言われていた。それをローは「かもしれねぇなぁ」なんて言いながら、いつも口元に笑みを浮かべていたことが今になって頭を過ぎる。


「……お前は船を降りるんだったな」
「え……あ、うん……」


 まさかローからその言葉を言われるとは思ってもみなかったレキは、咄嗟にローに視線を戻した。その時既にローはレキの方を向いていなくて、頼りない月明かりだけでは彼の表情は伺い知れない。


「そうか」
「船長さんは……、っ」

 ――引き止めてくれないの?


 レキはポロリと口から漏れ出てしまいそうな言葉を、ハッとして飲み込んだ。

 今自分は何を言おうとしたんだ。自分が何故この船を降りようと思ったのかを思い出せ。レキは自分自身に言い聞かすように、ぎゅぅっと拳を握った。何の力も無い、この船に迷惑をかける要因しかない自分。だからみんなに迷惑をかけないようにと、船を降りることを決めたんじゃなかったのか。ローにも一丁前に啖呵を切ってみせたんじゃなかったのか。

 でも、でも、でも。
 今が楽しくて全てを忘れていたわけではないけれど。そうだ、次の島がやってくれば、この航海は必ず終わるのだ。そこで自分は一人になってしまうなんて、分かりきっていたはずなのに。


 独りになる……

 マタ ヒトリ





「おいっ」
「っ!」


 ローの声にびくんと身体を跳ねさせると同時に、口の中に何かが放り込まれた。驚いて身体を引こうとするが、腰の辺りを抑えられ動けず、むせそうになる口は、ローの手のひらで塞がれていた。気付けば目の前に座っていたはずのローは、いつのまにかレキのすぐ隣にいた。


「んっんー?!」
「飲め、いつか渡した薬だ」
「っ」


 そう言われ、舌の上にあった薬をごくんと喉を鳴らして飲み込む。しかしさすがにカプセル錠のものをそのまま飲み込むと苦しいわけで、ローの手が緩むとレキは枕元にあったはずのペットボトルを手探りで取った。急いでぬるくなってしまった水を喉に流し込む。
 その時に気付いたのは自分の手に付いた爪痕と、うっすらと滲んだ赤。レキは今の間に、自分の手を握りしめていたのかと、やっと気付いた。


「どうも感情のコントロールはできねぇみたいだな」
「あ……ごめ……」
「バカか、前も言ったが発作は発作だ」
「ん……」


 それ以降は言葉も無く、レキは手元の空になったペットボトルを見ていた。中の水滴がツーっと流れる様が、何だかとてもスローモーションに思えた。


「船は予定通り港につく」
「……」


 しばらくして立ち上がったローの手には、本は握られていなかった。逆光で表情が見えない。ただ今だけはそれで良かったとレキは思った。面倒だと、そんな表情が見えたらたまらない気持ちだった。


「あとはお前次第だ」



***



 ローが出て行った後の部屋で、レキは静かに手についた錠を撫でた。
 『お前次第』そう言ったローは、以前の様に『降ろさない』とは言わなかった。もし自分がこの船に留まりたいといえば、彼は自分を置いてくれるのかもしれないけれど、それはもう彼が自分をこの船に引き止めたいとは思っていないということ。もう自分に、興味なんて無くなってしまったのかもしれない。そうなれば、この船の足枷にしかならない自分は、船に乗せてもらっている意味が無い。

 どうしてこんなにも、寂しい気持ちになるのだろう。


「……私の能力って、何なのかな……」


 レキは初めて、自分の能力を知りたいと心から思った。もしそれが彼にとって、この船にとって有益なら、この船に乗せてもらう意味が出来るんじゃないか。そうすればまだ、この船に居たいと言ってもいいんじゃないか、と。

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