24

 船が深海へと進み、しばらく。
 甲板に出ることができなくなり、自然とすることの無くなったクルー達が暇を持て余しだす頃、その事件は起きた。


「聞き間違いだよな……?な?」


 シャチは今まさに口に入れようとしていた菓子パンをぽろりと落とし、何とかそれを聞き返すまでに至った。目の前にはいつもの淡々とした様子のペンギン帽の男。しかしシャチの懇願とも取れる問いは、無常にも先ほどと一語一句違わぬ説明で叩き伏せられた。


「部屋を掃除する。このテーブルに座ってる奴は手伝ってくれ」
「「い、嫌だー!!」」


 その途端、ペンギンの目の前でダラダラしていたクルー達は一斉に立ち上がり、蜘蛛の子を散らすようにその机を離れた。しかしここは食堂でも1番角にあるテーブル。右か左か、どちらかから這い出るしかないのだが、生憎シャチが座っていたのは1番奥の壁にもたれられる角席だ。当然両隣にいたクルー達で渋滞となり、シャチは一人取り残されてしまった。
 目の前のペンギンはシャチだけしか残らなかった事に少し不服なのか、息を付いて自らの顎を触った。


「シャチだけか…まぁいい」
「お前ペンギン!またどうせ俺の部屋に本入れる気だろ?!無理!もう歩くとこも殆どねぇからな!」
「俺と同じ広さの部屋なんだから、そっくりそのままでも入るはずだろ」
「お前の四次元部屋と一緒にすんな!」

「なになに?どうしたの?」


 ペンギンの小脇からひょこりと顔を出したのはレキだった。いつも一緒のベポがいないところを見ると、あの白熊は見張り番なのだろうか。しかしシャチはそんな事よりも、この場に現れた救世主とでもいうようにレキに助け舟を求めてすがりついた。


「レキ、聞いてくれ!ペンギンがおれを殺そうとする!」
「は?」
「人聞きの悪いことを言うな」


 ペンギンは思わず近くまで寄ってきた、もといレキに助けを乞うたシャチの頭を平手打ちした。


「見つからない本があるから、ついでに整理しようと思っただけだ。何冊か移動するだけだろ」
「読んだんなら捨てろよ」
「お前のエロ本と一緒にするな」
「えーっと、つまりペンギンの部屋を掃除するってこと?」
「あぁ…何故か手伝うのを嫌がられる」


 しれっと言うペンギンだが、彼の部屋が恐ろしいまでの本と海図で埋め尽くされ、ちょっと間違った順番で本を抜くと生き埋めにされるという事件が発生することを理解していたシャチはイヤイヤ、と首を振った。他のクルーも当然それを知っているから逃げ出したわけで、しかも命懸けで整理してもすぐにペンギンが本を出すわ積むわ増やすわで元通りな為、とてもやりがいがない。
 普段片付けというものに無縁無頓着なペンギンが、稀に言うその思い付きの掃除は、既にクルー達の中で恐怖の対象となっていた。


「シャチの部屋にちょっと古い本を運ぶだけなんだがな」
「何冊くらいだよ」
「数十冊くらいだ。あと海図の……」
「ちょっとって言っただろお前!」
「それって……私があの部屋を使わせてもらってるから、シャチに迷惑かけてるのかな……」


 その時、気落ちしたレキの声にシャチもペンギンもハッとした。
 レキが使っている部屋は今まではペンギンとローの本箱と化していた部屋。それを一部シャチの部屋に運び込んだことを勿論レキは知っている為、ここまでシャチが嫌がると最早自分が悪いのではと思ってしまうのも仕方ないことなのだ。申し訳なさそうにするレキにそれ以上文句を言うことができなくなってしまったシャチは、言葉を濁した。


「あ……そのさ、お前は悪くないから、そんな顔すんなよ」
「そうだぞレキ。往生際の悪いシャチが悪いんだからな」
「お前が1番の元凶って気付いてるか?」


 シャチの恨み言を尻目に、ペンギンはしゅんと肩を下げてしまったレキの頭をぽんぽんと軽く叩くと、努めて優しい声で言った。


「別にお前は悪くない。だがもしそう思うなら、整理を手伝ってくれ。こいつらに頼むと大事な本を雑に扱うからな」
((ペンギン酷い!自分から手伝えって言ったくせに何から何まで酷い!!))


 普段は冷静な我が船のブレーンは、稀にとんでもなく天然……もとい馬鹿になるのは何故なんだと、この時クルー達の心の声が1つになった。


「うん、私にできるなら手伝わせてほしい!是非やらせて」
「見ろシャチ、そして見習え」
「……」
「シャチ?」


 この時、シャチは違和感を感じた。だが、それが何かはわからなかった。
 ペンギンとレキの蟠りが解けたことは聞いていたし、最近の二人を見ていれば仲良くやっているんだなということは分かっていた。

 じゃあこの違和感の正体は。何かが普段と違う気がする。
 この時のシャチはまだその正体には気付かなかった。


「……うっせー!レキもあの部屋を見たら意見が変わるっての」


 少しだけ動きが止まっていたシャチだったが、大股で食堂から出ていくのだった。

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