23

「ベポ見て!虹!」
「わ〜本当だ!」


 雲ひとつない青い空、青い海原、そして水浸しの甲板。気候も良いから外で本でも読むかと、珍しく思ったローが甲板へのドアをあけた時に見た光景だった。見事に水浸しで寝転がるところなどありそうも無い様子に、小さく息をつく。そしてその先では、ホースから勢いよく出る水が弧を描き、可愛らしいサイズの虹ができていて。大きな白熊とブカブカのつなぎを来た女が元気にはしゃいでいた。
 予定が狂ったローだったが、何故か悪い気もしなくて、そのままちょうど日陰になっている壁にもたれかかった。


「レキ、怪我は?痛くない?」
「も〜ベポは心配しすぎ!もう包帯もとってもらったし、ペンギンにも大丈夫って言われたからさ」
「レキとペンギンが仲良くなってくれておれも良かった!」


 キャッキャとはしゃぐ二人を見ていると、とてもとても海賊船の上だとは思えないのどかな光景だ。あの日、ベポが拾ってきた時には考えられなかった程に元気になったレキ。包帯が取れてからは進んで船の雑務も引き受け、よくこうしてベポと遊んでいる。
 今日もどうせ甲板掃除をしていたのだろう。いつの間にか遊びに変わってしまったようだが。

 彼女は一体何者なんだろうか。
 あれからローはこの近海で起きた事件について調べていた。しかし自分も海の上である為、公にされている情報くらいしか入ってこなかった。海軍と海賊が衝突したという話も聞かない。民間船が沈没したという話も聞かない。
 そうなると彼女はどこからきたのか。
 そんな事を考えながらレキを目で追っていると、突然自分が先程出てきたドアががちゃりと音を立てた。


「あれ、珍しいですね。こんな天気の良い日にキャプテンが甲板にいるなんて」
「……」
「お、レキとベポが何か面白いことやってんな!おーいおれも混ぜろー!」


 ペンギンとシャチだった。
 シャチはそのまま水浸しの甲板をびちゃびちゃと音を鳴らして二人に駆け寄り、ペンギンは何故かドアを閉めるとローとは反対側の壁にもたれかかった。見れば手には本を持っている。この本の虫も同じことを考えてやってきたのだろう。


「随分とあいつに優しくなったみたいだな?」
「さぁ、どうでしょうか」


 食えない男をちらりと視線だけで見やれば、目の前で遊ぶ三人を見ていた。いや、違う。ペンギンの視線はレキを追っていた。先ほどの自分と同じように。
 何故か少し良い気がしなかった。


「レキは、真っ白なんじゃないかって思うんです」
「ククッ、お前いつから詩人になったんだよ」
「本当ですよ。何も覚えていない。それ故なのか元来の性格なのか、馬鹿正直な程に色んなことに一喜一憂する。真っ白な布みたいに純粋に」

「……あいつを染めようとしても無駄だぞ」
「キャプテンに出来なかったことを、俺ができるとは思っていませんよ」
「どういうことだ」


 やけに、そして無駄に抽象的な表現ばかりするペンギンに少し苛立った。何を言いたいのか、ハッキリしない時のペンギンは大抵自分に何か不満がある時か、または何かを求めている時だ。そして今はきっと、レキをただこうやって見ているだけの自分に対して、どうするのかを暗に問うているのだろう。

 ペンギンはレキに対して、少し変わった。
 冷たいとも取れるような態度をとることもなくなったし、レキも以前の様にペンギンに怯えた様な素振りをとることもなくなった。あの用心の塊みたいな男がそう簡単に彼女を受け入れるとも思っていなかったが、あのお菓子の一件依頼蟠りはなくなったようだった。後にそのことをレキから聞き、当人が嬉しそうにしていたのでまぁ良いかとも思っていたロー。しかし何故かそのことでペンギンが自分より一歩先を行っている様な気がして、それはそれで不快だった。
 何に対して不快なのか。それを考えているのも不快だ。


「俺は諦めましたよ。意地を張るの」


 そういうとペンギンは本を置くと、もはや水の掛け合いっ子になっている三人の元へと歩いて行ってしまった。


「好き勝手言いやがって……」


 悪態をつくが、しょうのないことであることは自分が一番よくわかっている。ローは壁から身体を離すと、船内に入ろうとドアに手をかけた。ここにいても仕方がない。当初の目的通り本を読もうと、そう理由をつけて。ギィと重い音がして扉を開くと、ひやりとした冷気が漏れ出した。


「あ、船長さん待って、私も中入るー」


 ぱたぱたと軽い足音が近づいてきていたことにローは気付いておらず、先程まで目で追っていた彼女がすぐ目の前にまで来ていたことに僅かに驚き、それ以上に彼女の格好に驚いた。


「お前……濡れすぎ。一応女だろ」
「もう!ペンギンにも言われたから、タオル取りにいくの!」


 真っ赤な顔をして胸を腕で隠すレキ。このつなぎはそこまで薄い素材というわけではないので、透けていたりはしないのだが、なんせ彼女が着ているのは余っていたクルーのもので、当然ブカブカだ。それが水に濡れて所々身体のラインにぴたりと張り付いてしまっている。華奢な腰や、そこから足にかけてのラインは、やっぱり彼女を女だと意識させた。
 それを指摘したのがペンギンか。やっぱり少し良い気がしない。


「俺の部屋の方が近いだろ。タオルくらいならある」
「やだ、襲われそうだし」
「誘ってんのか?望み通りにしてやろうか」


 少し後ろからついてくるのは、その姿を見られたくないからだろうか。コツコツというローの足音の後ろから、ぱたぱたという軽い足音。そしてジャラ、という不釣合いな鎖の音。ローは歩きながら振り向かずに言った。


「錠、不便か」
「え?うーん、そりゃまぁ……取ってくれるなら嬉しいなぁとは思うけど」
「……」
「この船にいるうちは、船長さんが取ってくれるまで待つよ」


 ――信用されていないのはわかっている
 そんなつぶやきが聞こえてきそうだった。


「捕虜だからな。無理だ」
「何で聞いたの」


 クスクスと笑う彼女は、真っ白なのだ。
 きっとあの男がいうように。

 染まらない白。
 自由な色。


 だからもし錠を取ってしまうと、風のようにいなくなってしまいそうだった。
 そんなことを一瞬でも考えた自分が、馬鹿らしかった。


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