18

「釣れるの?」
「おう!今日の晩飯は期待しとけよ!」
「おれが一番大きい魚釣るもんね!」


 レキを真ん中に、その両隣をベポとシャチが挟む様に座っていた。時折上がる大きな声から、釣りでもしているのだろうことが伺える。ペンギンは二階部分の甲板から、その様子を見下ろしていた。

 レキがこの船に乗るようになって既に5日が過ぎていた。レキはいつ見かけてもベポと一緒に行動していた。それは見張りという名目で自分があの白熊に「しばらくは目を離すな」と言ったわけなのだが、当の本人は自分が拾ったあの少女をとても気に入っていて、見張りなんて仕事は完全に忘れているだろう。
 シャチや他のクルー達も、船に女が乗っているのが珍しいのか、よくレキに声をかけていた。レキも元来の性格なのか、それを邪険にしたりもしない。この一味にレキが溶け込むのは思っていたよりも早かった。

 そんなレキは、クルー達に何度聞かれても次の島で降りるということだけは間違いなく答えていた。クルー達には船長であるローが船に乗せることを許可したとしか言っていなかった為、次の島までの期間限定なのかと思っているものも多い。
 ローはそんなレキをどう思っているのか、彼女が船を降りると言ってもそれを引き止める様なことは言わない。気に入ったから船に乗せると言ったのはローなのに、彼女が降りたいといえば降ろす気なのだろうか。
 そうだとすれば、あまりにも自分の立場が無い。


「あ、引いてる!引いてるよ、ベポ!」
「げっ、ベポが先かよ!」
「よぉぉぉっし!」


 傷だらけで海を漂っていた何もわからない少女を、ずっと船に乗せるというのはリスクが高すぎた。ローが珍しく興味を持った時から嫌な予感はしていたが、あの口振りから、彼女の何かしらの事情がわかるまで船に置きそうな気がして、それに先に予防線を張ったつもりだったのだ。しかし結果はただ彼女を泣かせてしまっただけで、ローが次の島で降ろす気でいるのならあんなことも言わなかったのにとペンギンは思う。
それくらいの期間のことなら、自分だって文句も言わないのだと、そこまで考えてみて、自分はレキを泣かしてしまったことへの言い訳を必死になって探していることに気付いた。


「レキもやってみる?」
「良いの?」
「うん、シャチよりも先に釣れるといいね!」
「どういうことだそれ!」


 彼女は不安ではないのだろうか。今までの一切の記憶が無くて、その手には物騒な海楼石の錠をされていて、そしてやっと癒えてきた傷。普通に考えて何者かとの争いがあったことは明白で、次の島にはもしかしたら彼女を襲った者がいるかもしれない。それなのに自分を置くと言っている船を、レキは降りると言った。
 最初は海賊船という物騒なところに身を置くより、陸地の方が安全だと判断したのだろうと思っていたが、ここ数日の彼女を観察していたペンギンは、その考えが間違いだったことに早々に気付いた。
 彼女はペンギンが考えていたリスクを最初から理解していのだ。

 この船に乗っていて何者かに襲われれば一味を巻き込むこと、戦闘のできない自分が船にいても足手まといにしかならないこと、得体の知れない自分がスパイではないかと疑われること。全て知っていて下船を選んでいた。自分が言ったことは少なからず彼女の決定打にはなっただろうが、思えば最初から降りようとしていたんだ。
 次の島が安全である保証などないのに、レキは怖くないのだろうか。


(どうかしてる。こんなことを考えるなんてな)


 必要以上にペンギンがレキに接しなかったのは、彼女を知ってしまい、情が移る懸念もあったからだ。そう、今みたいな状況を作りたくなかったからだ。


「あ、船長さん」
「アイアイー!キャプテン珍しいね!」
「釣りか」
「今日はおれが海王類釣ってみせますからね!」


 記憶喪失ですら疑っていたペンギンは、彼女が酔いつぶれたクルー達に毛布をかけてやっていた時のことを思い出して、深いため息をもらした。怪我も癒えていない状態で毛布を運ぶレキはどこか辛そうにしながらも、一生懸命に食堂を行き来していた。自分はその時、声もかけず見ているしかなかったのだ。こんな風に悩むのなら、いっそ見なければ良かったとさえ思う。
 もしかしたらレキは、自分が考えた様な画策なんて何も無い、本当に真っ白な存在なのかもしれない。シャチとベポに、あの後レキが泣いていたということを聞いた時、胸に湧いたのは罪悪感だった。記憶喪失でも何かの拍子に過去の強い感情が蘇ることがある。もしかしたらあの時自分が言った何かが、レキが失った辛い過去を掘り起こしたのかもしれない。

 何もわからないレキの心を抉ったのは、やはり自分なのだ。
 そう思うと、またため息が出た。
 とどのつまり、ペンギンは自分でも認めたくはないが後悔をし始めていた。

 念を入れたつもりだったが、結局のところ自分に人を見る目があまり無かったのかと思う。別に彼女に好かれたかった訳では無いが、何だか自分だけが意地になっている様な現状は少し居たたまれない。そしてそう思わせるぐらい、ペンギンから見たレキは素直で、自分に正直な少女だった。


「引いてる」
「え、あ!引いてる!べ、ベポこれどうしたらいいの?!」
「アイー!頑張れレキ!引いて引いて!」
「レキにまで負けた……」


 レキが自分にだけ距離を置いていることは分かっていたが、彼女は彼女なりにその距離を縮めようとしていた。そして今日久しぶりに彼女と話をして、案外普通に喋れたことにペンギンは少なからず驚いたのだ。
 あとは自分が一つ歩み寄れば、何かが変わるのだろうか。

 まだレキを完全に信じることができたわけではない。けれどもし、船が次の島につくまでに話をすることができたら。何も変わることなく、穏やかにこの航海が次の島まで続けば。

 謝っておきたい。
 泣かせてしまったことと、そして。
 疑ってしまったことを。



「で、海王類がなんだって?シャチ」
「この辺の海って穏やかな気がするけど、海王類なんているの?」
「いる!ぜってーいる!!」
「聞いてみろよ、航海士が上にいるぜ」


 珍しく考えに没頭していたペンギンに目下の甲板の会話は耳に入っておらず、あの輪の中に自分の居場所は無いなぁなどとらしくないことを考えていると、突然の声が自分の意識を引き戻した。


「ぺ、ペンギンさんー?」


 視線を下ろすと、さっきまでやいやい言っていた4人の視線が自分に向いている。今自分を呼んだのはレキなのだろうかと不思議に思えば、ローがにやにやとこちらを見ていることに気付いた。放っといてくれれば良いものをと思ってみても、既に無駄なことだった為、ペンギンは大人しく返事を返すことにした。


「なんだ?」
「あ、あの……海王類、この辺っているんですか?」
「海王類?」


 話の流れがいまいち読めない。しかししどろもどろになりながらも声を出すレキを、邪険にする気にはなれなくて、ペンギンは下にも聞こえるように少し声のボリュームを上げて言った。


「この辺りは比較的穏やかな海だからな。いないんじゃないか」
「んなー!なんだと!!」


 何故か愕然とした声をあげたのはシャチだった。レキはその様子を見て笑っていた。
 ああ、こんなにも簡単に言葉を交わせるんじゃないか。


(声を、かけてみるか……また)


 ペンギンはしばらく、甲板の様子を見下ろしていた。
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