16

 何故か眠る気になれなくて、このままベッドに潜っていても時間が無駄なだけだと起き出したローは、食堂にコーヒーを取りにきていた。本でも読む方がよっぽど有意義だとぼんやり考える。
 夕食の喧騒が嘘のように船は静まり返っている。基本的に騒ぎ倒した後のクルー達はそのまま食堂で雑魚寝しているか、何とか部屋に戻れたとしても同じ有り様だ。食堂の外にまで聞こえる鼾を特に気にすることなく、そのドアを開けると、ちょうど食堂から出てこようとしていた人物と鉢合わせた。


「っと、キャプテン。すみません」
「ペンギン?珍しいな、潰れてたのか」
「いえ、シャチの変わりに見張り番をしてたんで。休憩に」
「……明日にでもこき使え、あの馬鹿」


 呆れて言葉もないという風に溜め息をつけば、ペンギンは同意見だと頷いた。
 ペンギンが身体をズラして食堂への道を譲ると、ローはその先に広がっている光景に視線を巡らせた。ソファや床に転がっているクルー達はいつものことだが、その一人一人の身体の上には薄手の毛布がかけられていた。
 見慣れない光景にローは隣のペンギンを見やる。


「お前がやった、わけねぇよな」
「わけないですね。……あの女がさっきまでいたみたいですが」


 ぶっきらぼうな言い方をするペンギンは、レキがこの毛布をかけてやったことを知っているんだろう。そんなもの無くても体調を壊すような柔な連中ではないが、そのささやかな気遣いに女らしいこともできるんだなと感じ、ローはにやりと口角を上げた。


「良い女だろ」
「これで素性が判ればね」
「相変わらず堅い奴だな。あいつにも余計なこと吹き込みやがって」
「……キャプテンまでそんなことを」


 ペンギンが溜め息をつく様子を、クツクツと笑いながら眺める。ローとしてはペンギンを責めるような気持ちはさらさら無いわけだが、言葉を重ねるごとに気まずい様な雰囲気を醸し出すこの男が面白くて仕方ない。
 もう少しからかってやろうかと思っていると、それを察した様にペンギンは食堂に背を向けた。


「俺はもう行きます」
「おう」


 入れ替わるように食堂に入り、未だキツい酒の匂いが残るそこで、コーヒーの湯を温める。普段はコックにさせる作業も、こんな深夜では自分でやるしかない。わざわざ食堂まで赴くのが面倒で、船長室にコーヒーの用意を置こうかと真剣に考えた時期もあったが、そうすると本当に部屋から出てこなくなりそうだからとクルー達に全力で止められたことを何となく思い出した。

 次第に表れる小さな泡が、こぽこぽと表面に浮かんでは弾ける。それを眺めながら、頭に浮かんできたのは先程のレキの言葉だった。


「手に入らないもの、か」


 彼女に言われた言葉をぼそりと口の中で反復させる。そんなことを言われたことも、まして考えたこともなかった。この船に彼女を留めるだけなら簡単だ。しかしそういうことじゃない。
 力で押さえつけても傍においても、きっとその身体を無理やり暴いたとしてもレキはローのものにはならないのだ。今まであらゆる物を手にし、女なんか放ってても勝手に言い寄ってきたローにとって、そんな存在は今まで無いに等しかった。

 何も持っていないはずのレキは、何もかも持っている女よりよっぽど面白くて、ローの興味をそそる。誰かを追いかけるという心地は久し振りで、ローの心を駆り立てた。

 あの口から、あの声で、自分のものだと言わせてみたい。そう思うのは、あの悪戯で挑発的な笑顔が瞼の裏に浮かんで消えないから。


「手にいれてやる」


 二度目の呟きは、ローにとって新たなゲームの始まりの様に胸に響いた。
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