15

 レキを迎えて初めての夕食は、それはそれは賑やかだった。
 何か騒げる理由を見つけてはこうして騒ぐのだとベポに言われ、陽気な雰囲気に身を委ねる。次から次へと声をかけられると積極的に返事をしていたレキは、既にこの一味の中に溶け込んでいた。


「レキー!飲んでるか?!」
「怪我人に酒を勧めるな」


 既に真っ赤な顔をしたシャチがレキの前に酒の入ったジョッキを突き付けると、呆れたペンギンがそれをひょいと取り上げた。ペンギンとは言葉こそ交わさないものの、先程からこうして気をかけてくれることが何度かあった。
 確かに引かれた境界線を感じながらも、嫌われているわけではないのかな、と自分に都合の良い解釈をすると、少しだけ昨日の悲しみが和らいだ。


(……あれ、)


 机に置かれた比較的アルコール度数の低いドリンクを手に取ろうとして、その先についさっきまで座っていた人物がいなくなっていることに気付いた。辺りを見回してみてもその姿は捉えられなくて、どこに行ったんだろうと首をかしげる。
 近くにいたシャチに聞いてみると、呂律の回らない様子で何かを教えてくれたが、残念ながら良くわからなかった。


「レキ、どこいくの?」
「ちょっと酔っちゃったから、風に当たってくるね」
「海に落ちないようにね!」


 ベポの少しズレた心配にレキは笑いかけると、食堂を抜け出した。



***



 凪いだ海が夜の闇に広がっている。それを優しく照らす月と星の光に、ほんのりとレキの影が甲板に浮かび上がった。穏やかな波の音以外何も聞こえない。数歩近くを歩いてみるも、人の気配は感じられなかった。ここに探し人はいないのかと踵を変えそうとしたレキは、突然背後から伸ばされた腕に抱き寄せられて声を上げた。


「きゃっ?!」
「誰を探してるんだ?」


 自分の体に回されている刺青だらけの腕と、頭の上から降ってくる静かな声に、それがローだと分かるのに時間はかからなかった。慌てて離れようとするも、ガッチリと抱きすくめられている為、ジタバタと暴れることしかできない。


「は、離してっ、セクハラっ」
「随分散々な口をきくようになったな」


 ふん、と鼻を鳴らして突然解かれた拘束に、身体を反転させてローと距離を取る。


「はぁ……あなたがそんなことばっかりするからでしょ」
「ククッ、どうやら元は中々のお転婆らしいな」


 少し呆れ気味に言えば、その小言すら愉快だというように口角を上げたローは、帽子を取り指でクルクルと遊ばせながら、背後の壁に背をつけた。


「で、何のようだ。おれを探してたんだろ?」
「……それは、」


 本人を前にして、レキは萎縮してしまった。そういえば自分は何故ローを探して食堂を抜け出たのだろうと自問する。ほんのりと頬を上気させていたアルコールは、もうすっかりと抜けてしまった。それでもそのお陰で背を押されてやってきたのだから、次の言葉は自分で伝えなければいけない。

 そうだ、彼に言いたいことがあった。


「あなたに、お礼が言いたくて」
「礼?」
「昨日手当てしてくれたこと……それに私を船に受け入れてくれたことを」
「あぁ」


 そんなことか、というようにローは呟く。ローにとってはそんなことでも、レキに取っては命を救ってもらった大事なことだ。レキは少しだけ口許を緩めて、自分の両腕に未だ嵌められている錠を少し持ち上げて見せた。


「あなたが拾っても良いって言わないと、あなたのクルーは勝手にこんな身形の女を船に入れないでしょ?だから。ありがとう、船長さん」
「……」
「でも、やっぱり私は次の島で降ろしてほしいの」


 ローの表情が少し変わった。彼の決定事項に逆らわない人なんてきっとめったにいなくて、それが気に入らないのだろうか。少しだけレキの体に緊張が走る。
 しかし予想に反して、彼の口から出た声に不機嫌な様子は感じられなかった。


「ペンギンに言われたからか?」
「へ……いや、そういうことじゃないけど」


 少しどきりとしたが、素直にレキは首を降った。ローがあの時の自分達の会話を聞いていたなんてことはないだろうし、元々降ろして貰おうとは思っていたのだ。何の役にも立たないだろう自分、それこそ足を引っ張るだけの存在であることは明白だったのだから。
 そしてペンギンが言ったように、素性のわからない自分は、ここにいるべきではないのだと思ったから。しかしそんなことはお構い無しというようなローは、このやり取りが不毛だとでも言うように小さく息をついた。


「おれはお前が気に入ったんだ。だから船に乗せるし、降ろさねぇ」
「相変わらず私の気持ち無視……」
「欲しいもんは手に入れる。海賊だからな」


 そう言ったローは堂々としていて、その瞳には明々とした野心が秘められている。レキはそのキッパリと告げられた言葉に苦笑した。きっとこの人はこれからも、こうやって欲しいものを得て、望むものに挑み、そして当たり前の様に手にして行くんだろう。
 これが海賊。そして、これがトラファルガー・ローという人物。そしてレキは、自分でも分からない何かで以て、そんな彼の好奇心を擽ってしまったのだ。


「海賊には手に入らないものはないの?」
「ねぇな。どんなことをしても手に入れる」
「じゃあ私はあなたのモノにはならない」
「なに?」

「海賊でも、1つくらい手に入らないものがあってもいいでしょ?」


 ローが僅かに目を見開いたから、レキは少し悪戯っぽく言ってみせる。レキの言葉に呆気に取られていたローだったが、小さく肩を揺らしたかと思うと、途端に風船が弾けた様に声を出して笑った。


「っ、」


 こんな風に笑えるんだと、驚きを隠せなかったレキは瞳を瞬いた。でも次第にその笑い声につられて表情が綻ぶ。気付けばレキも笑っていた。最初は恐い、と思ったローとこんな風に笑えるようになるとは思わなかった。


「ハハッ、変な女」
「あなたも変わってる」
「――――」


 ローが持っていた帽子をかぶり直して呟くと同時に、悪戯に吹いた風が彼の言葉を掻き消した。

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