「広いからしばらくは迷子になるかもなー」
目の前を歩くシャチとベポは、風呂場や食堂など広い船内を説明しながら白つなぎ姿のレキを先導していた。彼らと同じ白いつなぎは、検査服のままのレキの為にシャチが引っ張り出してきてくれたもの。しかし女性ものというわけではないので、レキは長い腕と足の裾を折り曲げて歩いていた。
キョロキョロと色々な場所に視線を巡らせる。この船はまるで軍艦のようだと、何となく思った。木造船ではないからだろうか、この船は至るところに無数のパイプやら鉄骨のダクトが走っていた。
「この船は潜水艦なんだよ」
「潜れるの?」
「うん、おれあんまり好きじゃないけど」
海底火山の近くを通る時などは暑くて堪らないというベポに相槌を打っていると、一つの扉の前に辿り着いていた。シャチが何の戸惑いもなしに扉を開ける。あまり使われていないことを物語る独特の誇りっぽさが感じられ、次いで今にも迫ってきそうな程の本と海図の山が目に飛び込んできた。それらは乱雑にも部屋の中に収納もとい、詰め込まれていた。
「ここ。これからお前の部屋な」
「う、うん……」
ここ、と差されて思わずレキはぽかんと口を開けた。申し訳程度に儲けられたスペースにはシングルベッドが押し込まれていたが、実際にはこの上も物が置かれていて、発掘したという感じだ。まあ捕虜の自分には分相応だろうと苦笑する。その反応が予想通りだったのか、シャチもつられて苦く笑った。
「元々は空き部屋なんだけどな。今じゃキャプテンとペンギンの物置になっててよ」
「そう、なんだ……」
「でも鍵の付いてる部屋ってもうここしかないんだ。これから掃除するからね」
ベポが張り切った様子で言う。この現状の部屋をそのまま宛がわれるのだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。彼らは物置として半ば確立している部屋をわざわざ開けてくれるという。次の島で降りるという思いを、先程のペンギンとの対話で強めていたレキにとって、どうせ居なくなってしまう自分の為にあまり大掛かりなことをしてもらうのは気が引けた。
「悪いよ、なんか」
「ここで遠慮したら、これからずっと本に押し潰される恐怖と一緒に航海だけど?」
「でも……」
「気にしないでレキ。キャプテンにも言われてるからさ」
「船長、さん?」
そう言ったベポは、部屋の中に積まれた本を両手で抱えて外に出し始めた。
船長といえば、勿論ローのこと。レキをこの船に乗せるといった張本人で、昨日思いっきりひっぱたいてしまった人。捕虜ということになっている自分に、何故物置を空けてまで部屋を与えてくれるのだろうか。しかも鍵つき。それはしっかり女性として扱ってくれているということで、その待遇の良さに自分の立場が何だかあやふやであることに気付く。
ますますトラファルガー・ローという人物のことがわからなくなった。
「なあ、レキ」
「……ん、なに?」
物思いに耽っていたレキに、海図を抱えたシャチが声をかけた。その声はどこか申し訳なさそうに小さかった。
「さっきペンギンが何か言ったみたいだけどさ、あんまり気にすんなよ。悪いやつじゃないんだ」
シャチはまるで自分のことを謝る様に言った。何も言わずに泣いていた自分を深く追及することもしなかったシャチは、先ほど着替えをしているとき何処かに行っていたようだった。シャチが言うように、ペンギンという人はこの船できっと重要な役割を担っている人なのだろう。それはレキも重々理解していたし、時間が立った今では彼の言ったことも最もだと受け入れられるようになっていた。
ただあの時の例えようの無い恐怖だけが、また僅かに胸を刺した気がした。
「ありがとう。大丈夫、わかってるよ」
「おう」
「よしっ、じゃあ私も手伝わせて」
「ダメだよレキ!怪我してるんだから」
持ち上げようとした本は、既に何冊もの本を小脇に抱えたベポに引ったくられる様に取り上げられてしまった。