11

 どうして俺は、こんな尋問の様な真似をされているんだろうな。

 ペンギンはベッドに座らされ、製図板の椅子に座った少し高い位置にいるシャチと、その横に立つベポに睨まれながら、内心溜め息をついた。あぁ、今日はよく溜め息がでる。主な原因はお前らだ、とは言わない。どうしてここにいるのかは、わかっているつもりだった。きっとレキから何か聞いたのだろう。


「海図を描きたいんだが」
「ペンギン!レキを苛めないで!」
「そんなつもりはない」


 ベポが腕をバタバタとさせながら訴える。只でさえ本だらけで狭くなった室内に、男二人と熊一匹が詰め込まれている状況。詰まれた本が雪崩を起こさないかという方がよっぽど心配だったペンギンは、あまりベポを刺激しないように努めて冷静に言った。


「あの女には悪いが不穏要素が多すぎるし、船に乗っていれば危険だってある。それはあの女の為にもならないだろ」
「で、船を降りろって言ったのかよ?キャプテンが決めたことだぞ」
「自ら離れた女を追い掛けるキャプテンじゃない」


 シャチはベポの様に感情を剥き出しにしてはこないが、その言葉の節々から不機嫌な様が伝わった。昨晩の様子では、ベポ同様にレキのことを気に入っている様子だったシャチ。きっとシャチ自体も彼女が船に残るのは、喜びこそすれ、反対することはないのだろう。しかし、ベポと違ってシャチはペンギンの言動も理解していた。それだからこそ、レキに冷たく当たるペンギンを一方的に責めたりはしない。ペンギンもそれが分かるため、敢えて言及しなかった。

 シャチは頭の後ろで手を組み、呆れた様に呟いた。


「でも泣かすなよ。何も覚えて無くて心細いかもしんねぇのに、どんだけキツく言ったんだ」
「泣いてた?」


 その言葉に、ペンギンは初めて反応した。知らなかったのか、という風にシャチは首を傾げる。


「そうだよ、レキいっぱい泣いてたんだから!」
「…………そうか」


 憤慨したベポの言葉に、ペンギンは少し視線を落として呟いた。

 少し言い過ぎたのか。そう思うも、彼女は船を降りることを望んでいるはずで、自分は無理に船から降りる様に言ったわけではない。泣かれる程にキツい言葉を浴びせたわけでもない、はずだ。ただこの船に乗せるといった船長の意向を伝えて、そうなれば彼女が足手まといになるだろうと、そんなことは言った。


「何か言っていたか?」
「いーや。でも犯人はお前だろ」


 ぶすっとした声のシャチが、ぶっきらぼうに言った。
 ようやく、シャチが不機嫌な理由がわかった。シャチは女の涙にはとても弱い。どうやらレキが泣いていたというのは本当らしくて、ペンギンは意外にもその事実に驚いた。
 ローの頬を叩いたというのは、耳に新しい。そんなことをやってのけるのだから、よっぽど気の強い女なのだろうと思っていた。自分と一緒にいる時も、そんな素振りは見せなかった様に思う。船を降りた方が良いといった話にも、彼女は「やっぱり、そうですよね」と素直に答えていた。

 そんな彼女が、泣いていた。ペンギンの胸に奇妙な焦りが沸き上がる。

 そういえば、小さく息を飲んだ音がしなかったか?話を始めてから、一度も目を合わせていなかったのではないか?シーツを握りしめる手は、白くなっていなかったか?わかったと言った声は、もしかしたら震えていたのではないか……?

 しかしそんなことを考えてみたところで、ペンギンはレキを簡単に受け入れられない理由があった。


「それでも、俺の考えは変わらないぞ」
「頑固な奴」


 椅子から立ち上がったシャチには、もう不機嫌な様子はなくて。言葉の最後は苦笑が混じっていた。シャチに呆れられることなど滅多にない。ベポに部屋がどうとかいうことを言っている様子を見るに、レキに部屋を宛てがってやるのだろう。ペンギンは何も言わず、その様子を伺うこともなく、製図板の前に座った。


「ちゃんと後で謝っとけよ、ペンギン」


 返事を期待していないようなシャチの声が、ドアの閉まる前に聞こえた。



***



 シャチは自分の感情を素直に表に出せる男だった。今回もレキを歓迎できるし、彼女が泣いたと知れば、こうやって守ってやろうとすることもできるのだ。しかしペンギンは、自分の感情のままに自由には動けない。それがこの船での彼の立場であったり、元来の性格の所為であったりするのだが、本気で彼が信を置いている人間は少ないのである。今回も彼女を疑うという役目は、自分が負うべきものだ。


「泣いていた、か」


 レキが意識不明で運び込まれた時、その身体には無数の傷が走っていた。それでも何とか命を繋いでいる状態の手当てをしたペンギンは、やっと目を覚ました彼女に興味が無いわけではなかった。ただ記憶喪失という特殊な状況で、素性のわからない彼女を、自分は疑い、万が一の可能性を考えて、怪しまなければいけなかった。


「泣かせたかったわけでは、ないんだがな」


 どうして、彼女は泣いたのだろうか。ペンギンの胸に湧いた焦りは、いつのまにかチクチクとした罪悪感に変わっていた。

 Book 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -