太陽が燦々と照らす大海原。 波風もない穏やかな海に一隻の船。
この偉大なる航路において、これほど平穏な天候に恵まれることなど、そうそうない。次の瞬間には嵐に変わるかもしれないこの不思議な海で、その船は一時の休息に揺られていた。
甲板の柵の間から手を出し、その体には小さすぎる釣竿を海へと向けながら、白いクマ−ベポ−は時折かくんと頭を振っていた。
「おいベポ、居眠りして釣竿落とすなよ?」
「ん〜……」
後ろを通りすぎたシャチが背中越に何かを言った気がしたが、当のベポは生返事を返すだけ。
ここ数日潜水していることが多かった船が、久々に海上に浮上したのは数時間前。我先にと甲板に飛び出したベポを待っていたのは、眩しいほどの太陽だった。
何をしよう。昼寝?釣り?身体が訛ってるから誰かと手合わせもしたい。ウキウキと弾む心で穏やかな海を見ていたら、小さな魚がキラリと鱗を光らせてぴょこんと飛び跳ねた。やっぱり釣りにしよう、ベポの気持ちはすぐさま固まった。
意気揚々と釣り道具を持ち出したは良いが、ポカポカと暖かい日差しと優しい風。そして先程の魚はどこへやら。一向に動かない釣竿とが相まって、ベポは先程から夢と現をいったり来たりしていた。
広い広い海
向こうに小さな船が見える
よく目を凝らすと、そこにはとてもとても可愛いメスのクマがいた
嬉しくなっておれも大きく手を振ろうと―――
ゴンッガラガラッッ
「わぁっ?!」
突然の大きな音に思わずベポは声をあげ、目を見開いた。ぐるりと海から空へと視線が回る。慌ててバランスを取ろうと手足をバタつかせてみるが、ベポの大きな体は重力に逆らえるはずもなく、勢いよく甲板に倒れこみ、盛大に頭をぶつけた。
「い、いたい……」
打ち付けた頭をその白いふかふかの手で押さえながらノロノロと起き上がったベポは、少しだけ辺りを見渡した。
どこにも可愛いくまなんて、いない。そんな当たり前の事実にベポは肩を落とした。
「ゆめかぁ…」
大きな背中を丸めて残念そうにため息を付いたベポは、その手に釣り竿を持っていないことに今更ながら気付いた。そういえば隣に置いていた―魚を釣ったらいれようと思っていた―お気に入りのオレンジのバケツもない。
さっきの大きな音は、寝ぼけた自分がバケツや釣竿を蹴り飛ばした音だったのかもしれない。
「どこにいったんだろう」
柵に手を付いて、海を覗きこむ。そこで初めてベポは、流木がやけに多いことに気が付いた。周りを見渡してみる限り島もない。そもそも釣りを始めた時はこんなに流木があっただろうか。
ベポの思考はそこで一旦止まり、もしかして流木にバケツが引っ掛かっているんじゃないかと、軽く身を乗り出して水面に視線を向けた。
「……あれ?」
少し離れたところで漂っている流木に、何やら黒と白のものが引っ掛かっている。
目を擦ってもう一度見てみると、それは引っ掛かっているというよりも、流木にもたれかかって漂っている、人形の様にみえた。
「……くま?」
さっきの夢の続きだろうか。ベポは目を瞬かせる。だとしたら、あれはとびきり可愛いメスのくまなんじゃないだろうか。そう思うとベポはいてもたっても居られず、その大きな身体で柵を飛び越えた。
「ぅおおおおぉベポぉ!?!?!?」
「ベポが海に落ちたぁぁ!?!」
近くにいたクルー達は、突然のベポの行動に目を丸くし、もしや寝惚けて海に突っ込んだのではと、慌ててロープを海に投げ入れるのだった。