09

 見上げた先には窓からの月明かりに照らされた、何かの薬が入った袋。そこから細く伸びた管は、先程とは反対の腕に繋がっており、静かにレキの身体に栄養を送っている。明かりの落とされた室内は薄暗く、時折船の揺れに合わせてガラスのビン達が小さく音を立てた。

 レキはどことなしにぼぉっと視線を向けていた。先程から辺りの暗さの所為か襲ってくる睡魔に身を委ねようとするも、何故か目だけはいやに冴えている。身体は鉛のように重たいから、眠れるなら早く寝てしまいたい。一つ、ため息をついた。


 腕に繋がった点滴は、先程ローが繋ぎ直してくれたものだった。急に身体を動かしてしまったせいか興奮したせいか、手当てを受けていた傷が開いてしまい、無理やり外してしまった点滴の痕はジンジンと痛んでいた。その原因を作った張本人とも言えるローには、点滴を無理に抜くと針が折れて血管がどうとかという難しい話をされる始末。
 今思えばあの時間は一体なんだったのかと不思議で仕方ない。

 レキは自分の両手を持ち上げ、目の前に翳す。両手首にぶら下がった無機質で冷たい錠は、能力者の力を封じるという海のエネルギーを持つ石。きっとローは自分にあるという能力者としての力を見ていたのだと思う。不用意に外すことのできないこの錠も、レキ本人がローに心が傾けば外すことも今よりは容易になり、簡単に操れるといったところだったのだろう。

 しかしそんな簡単に手玉に取れるとでも思われたことがレキには心外で、思い出すだけでまた少し嫌な気持ちが胸に湧き上がる。初対面の女性にそれはない。海賊だろうが、船長だろうが、なんだろうが、それはない。しかしその後、何も言わず血が滲んだ包帯を変えてくれたのも、点滴を繋ぎ直してくれたのもローだった。

 ただあの時はローがしようとしたことに腹が立っていて、一々彼がすることに過敏に反応してしまい、手際良く手当てをしてくれるローにずっと警戒心を剥き出しだった。彼がしようとしたことは許せないまでも、よくよく考えてみれば……。


「お礼……言ってない」


 ぽそりと呟いた声は、自分でも驚く程弱々しい。結局その後、会話らしい会話もしないままにローはこの部屋を出て行ってしまった。自分の頬を叩いた女なのに、点滴も勝手に外してしまったのに、彼は小言は言っていたが文句も言わずに手当てをしてくれたのだ。そう思うと少しだけ申し訳ない気持ちになる。
 手を上げたことについては謝る気はないが、手当をしてくれたお礼くらいはちゃんと言いたいと。そして本人は受け取るつもりがなかったが、やはり拾ってくれたお礼も言いたいとレキは思った。きっとクルーが勝手に拾ってきた女を、勝手に手当てするなんてことはあるはずなくて、それを許可したのもきっとローなのだから。


 不思議な人だ、と思う。
 きっと自分より年齢は上だろう、落ち着いた雰囲気を最初は感じた。探る様な視線はとても冷たくて、初めは怖いと思ってしまったけれど。しかしその瞳には子供みたいに貪欲な好奇心が秘められていて、ギラギラと光っていた。海賊なんてそんなものだろうか。

 そしてちょっとおかしい。先程も思ったが、自分に反発する女の何が良いのだろう。不思議というか、変だ。


「さすがに、叩いちゃったし……次の島では降ろしてもらえるかな」


 その前に海に投げ捨てられないだろうかという不安があるが、それは一先ず考えないでおくことにした。 次の島まであとどれくらいだろうと考えて、すぐに分かるわけがないことに気付く。自分はここが一体どこの近海にあたるのかもわからないのだ。
 明日またシャチかベポにでも聞いてみようと思いながら、レキはそっと目を閉じた。


 じわじわと闇色が侵食していくのがわかる。もう眠れるかもしれない。元々身体は疲労しきっているはずなのだ。

 瞼の裏にはかつての記憶は映ってこない。かわりにフラッシュバックするのは、今日あったことばかりだ。


(……結局あの人、何て呼んだらいいんだろう)


 その答えが出る前に、静かにレキは寝息を立てていた。


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