06

 頭が痛む。

 それは何かで殴られたような痛みでも、身動きを躊躇うような重怠い痛みでもない。ぐるぐるとかき混ぜられるような。そう、例えるなら気持ち悪い、の方が正しいのかもしれない。

 ぽっかりと頭の中に空いた穴には、確かに何かあったはずなのに、酷く曖昧な感触だけを残して抜け落ちてしまった。

 何を忘れているのか。
 何を溢してしまったのか。

 不思議なことに、記憶を失ったというのに切羽詰まった焦りを感じることは無かった。ただ、乾いた喪失感だけが胸にある。

 私は無くなっても困ることのない、平々凡々な過去しかないのかなと思い、レキは少しだけ苦笑した。






 ガチャ




 医務室に1つしかないドアが突然開かれる。ノックをするという習慣はどうやらこの海賊団には無いらしい。
 シャチが知らせに向かった、噂のペンギンその人かと思いレキはパッと顔をあげた。

 しかし瞳が捉えた姿は、数時間前に見た鋭い瞳をした男……トラファルガー・ローだった。


 思わず背筋を伸ばす。そんな様子などお構いなしにローはベッドに近寄ってくると、その身の丈もある長刀を壁に立て掛け、シャチが座っていたスツールにどかりと腰を下ろした。



「……」
「……、?」



 どうやら見た目からして物騒なあの長刀で一刀両断にされるわけではないらしいが、何故かローは何も言わず、探るような視線を向けてくる。

 なんだこの気まずさは。と心の中で吐き出したレキは、身体を少しだけローとは反対側のベッドの端に寄せた。

 その時ローが僅かに口角を上げたことに、レキは気付かない。



「能力については何か思い出したか?」
「へ?」
「……」
「あ……いや、特には……」



 思い出せない、と首をふる。
 そんなに他人の能力に興味があるものだろうかと思い、あぁ彼はこの船の船長だったなと納得する。能力によっては一味を危険に晒すかもしれないものを警戒するのは当然だ。

 しかし彼から感じる雰囲気は、それほど刺々したものではなくて。先程の刺すような警戒心は鳴りを潜めていて、レキは内心少しだけほっとした。
 ベポの様に手放しで警戒を解いてくれているということでは勿論無いが、萎縮してしまうような瞳を向けられなくて良かったと思う。

 ただ、感じるのは妙な違和感。
 ローの心境など勿論レキにはわからないが、何となく感じるこの視線は何といっただろうか。

 レキは思いきって、相変わらず妙な視線を向けてくるローに話し掛けた。



「ロー、さん?」
「……」
「ト、トラファルガーさん??」
「……」
「船長、さん……?」



 思わず返事をしろと突っ込みかけた口がひくりと動く。だが、そこは自分の立場を弁えて何とか飲み込んだ。

 彼はよほど自分のテリトリーを侵されることを嫌うのかもしれない。それこそ見ず知らずの怪しい女に、易々と名前すら呼ばせたくもないということだろうか。どれだけ高いプライドかと思うが、それが海賊というものなら仕方ないことなのだろうか。

 レキは答えの出ないモヤモヤを無理やり自己完結させ、自らの中で昇華すると、とりあえず話を進めようと再び口を開いた。



「助けていただいて」
「礼ならベポに言え。おれは何もしてない」
「ソ、ソウデスカ」



 また妙な沈黙が流れる。会話が続かない。
 項垂れるレキは、しかしここで諦めてなるものかと左手を握り締めた。兎に角、予期せずして船長である彼と話せる機会を得たのだから、次の島で降ろして貰える様に頼まなければならない。

 断られる理由も無いとは思うレキだったが、どうも先程のベポの歓迎具合を思うと不安になる。

 あの優しい白熊は、怪我が治るくらいまでは船に乗せてもらえるように頼んでみると言っていたが、しかしここは海賊船。もしレキが海賊であるのなら、当然近辺に他の海賊船があるということになる。そしてもし海軍であるとするなら、衝突抗争は免れないだろう。

 拾われた際の状況から、一般人という選択は無くなってしまっているため、ある可能性はこの二つ。どちらにしても彼らに迷惑をかけることになるなら、早々に近辺の島で降ろしてもらったほうがいい。



「あの、次の島はどれくらいに着くんですか?」
「何故だ」
「いや、このまま居ても迷惑かけちゃいますし……次の島で降ろしてもらおうかなと」
「ほぉ、助けてやった恩は何も返さねぇって?」

(今、自分は何もしてないって言ったくせに)

「ベポはおれのクルーだから、おれが助けてやったようなもんだ」
「っ!」



 心の中で吐いた筈の悪態が、まさか声に出ていたのではとドキリとして口を押さえる。その様子はしっかりと目の前の男に目撃されていて、意地悪く口を弧の形にして笑われた。

 少しバカにされたようで、口元を被った手の上から覗く瞳で睨み付けてみるも、軽く流されてしまう。
 レキは口を尖らせて、少しぶっきらぼうに言葉を返した。



「……感謝はするけど、返せるものがないデス」



 それは本当で、記憶すらないレキに目が眩む様な金銭があるわけでも、海賊垂涎のお宝情報があるわけでもない。かといって、何かできることがあるかと言われれば、それもわからない。
 となると、これ以上迷惑をかけないように早々に下船することが恩返しだと思ったレキだったが、どうもそれはローに受け入れては貰えないらしい。



「船を降りてどうする。そんな成りじゃあ、海軍に捕まるのがオチだ」
「……海賊に捕まっていました、とか」
「その錠は能力者ですって言ってるようなもんだからな、結局捕獲対象だ」
「……シャチが貴方なら取れるって言ってたんですけど……」
「取ってやるとでも思うか?」



 終わりのない攻防に、レキは遂にがくりと肩を落とした。

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