04

―― side L


「で、今はどうしてるんだ?」
「薬で眠ってるよ。シャチが一緒」


 食堂でペンギンとベポが向かい合って座って話をしていた。
 もう夕食も終わり、普段であれば食堂内はそこまで賑やかではない。しかし昼間にベポが"拾った"女のことが気になる者も多く、こうして食堂内の一部にクルーが集まるというむさ苦しいことになっているのだった。

 その中心にいるローは、彼お決まりの定位置に座り、目の前の机にその長い足を投げ出して何かを考える様に腕を組んでいた。


「気付いてみれば自分の名前以外は何も分からず、自分が何処から来たのか、何者かさえもわからない。あまつ自身が能力者かすらもわからないというのは……ちょっと話が上手すぎるな」

 ペンギンが湯気のたつマグカップを両手で持ちながら、淡々とした酷く機械的な口調で現状を述べた。
 それについてはローも同感だとばかりに視線だけをペンギンへと向ける。

 所謂、記憶喪失というやつだ。
 自分は何も覚えていませんというていで船に乗り込み、重大な損害をもたらす。もし敵じゃなかったとしても、警戒するに越したことはない。

 ペンギンはそういった危機管理能力に長けている。我が船のブレインは今日も優秀なこった。



「でも本当に何もわからない感じだったよ。それに海賊や海軍ならキャプテンのこと知らないはずないだろうし」
「何も知らない自分を演じているだけかもしれない」
「そんな子には見えないよ」
「お前な、ついさっき会ったばかりの女の何がわかるっていうんだ」
「ばかですいません……」


 ベポが項垂れると、ペンギンはため息をついてコーヒーを口に含んだ。

 ロー組んでいた足を降ろし、隣に置かれたマグカップから漂う柔らかく揺れる湯気を睨みつけ、つい数時間前に医務室であった出来事を思い出していた。
 自分でも大仰に圧力をかけたつもりではあるが、それでも馬鹿正直にあの女は「わからない」と言った。そしてすぐさま起こった鋭利な痛みを伴う頭痛。

 まるで無理に記憶を掘り起こそうとすることを阻止するような――……

 その後安定剤を打ち、眠ったレキの顔は真っ青だった。

 海軍の可能性を考えてみる。このあたりに大きな駐屯地は無かったはずだ。そしてご丁寧に海楼石の錠までして女海兵を一人、海賊船に放り込んだところで何ができる。オオカミの群れに無防備な羊を投げ入れるようなものだ。

 海賊の可能性を考えてみる。まず前提として海賊船が接近してくればクルーの誰かしらが気付く筈だ。しかし近海は穏やかそのもので、気になったのはやたら多い流木のみ。海底から襲撃があったわけでもない。

 どちらにせよ、周りに何もない海の真ん中に停泊しているこの船に刺客を送り込んでくるということに意味があるとは到底思えなかった。


「記憶喪失、ね」
「キャプテンはどう思うんですか」
「ある程度は本当だと思うぜ」


 ペンギンは目深に被った帽子の向こうできっと不服そうに眉根を寄せていることだろう。

 自分も手放しであの女を信用するわけではない。詳しく診断してみないことには 何とも言えないが、記憶喪失というのは簡単に演じられるものではない。
 少し話をしただけだが、レキの言葉に嘘偽りはあるように思えなかった。

 ただ自分の能力についてまで覚えていないというのは、疑わしいままなのだが。


「キャプテン、あの女をどうするんですか?」
「……そうだな」


 ペンギンの問いにひと呼吸置いてから返したローは、固く組んでいた腕を解き、少しだけ温くなったコーヒーを口にした。

 ほろ苦い味を舌の上で僅かに遊ばせ、飲み込み。そして次にペンギンに向けた表情には、意地の悪い笑みが貼り付けられていた。


「ペンギン、あいつの治療をした時、古傷はあったか?」
「?古傷ですか……」


 突拍子もない質問を返され、少し戸惑い気味にペンギンは顎に手を当てる。
 だがそれを聞いた慌てたのはベポだった。ローに自分で手当をしろと言われたのに、ペンギンに治療の粗方を手伝ってもらったことがバレるのではと、急にあわあわと焦りだしたのだ。


「ちちちっ、違うよキャプテン!おれ、おれちゃんと自分で手当したよ!」
「あ?んなもん、包帯の巻き方でお前じゃねぇことくらいわかる。どうだペンギン」
「……そういえば。大きな傷跡とかは無かったですね」


意図を図りかねたペンギンは、訝しげに顔をあげる。
するとローは満足げに口元の笑みを深くした。


「傷がねぇってことは、よっぽどぬくぬくとした温室で育ったお嬢様か……身体に傷を受けない能力を持っているか、だ」
「??どういうこと、キャプテン」
「自然系の能力者の可能性が高いってことだな」


 ローの考えを読んだペンギンが呟いた。

 悪魔の実の中でも希少な自然系の能力。
 その能力者であれば、通常の攻撃は身体になんら影響をもたらさない。それこそ海楼石の錠でもしていないかぎりは、身体をすり抜けてしまう。

 レキが本当に能力者であれば、その可能性は十分にあった。それが記憶喪失だという。これを利用できる手はないものか。
 ローの表情から何かを感じ取ったペンギンは少し低めの声で言った。


「尚更危険です」
「飼いならしちまえば便利だとは思わねぇか?」
「錠のついた猫が、虎だったらどうするんですか」
「そんときゃ切るだけだ」


 話についていけないベポが、ペンギンとローを交互に見る。
 ペンギンはまだ何か言いたそうだったが、ローは早々に壁に立てかけてあった長刀を手に取り、食堂の出口へ向かった。
 後ろからベポの心配そうな声と、苛立ちを含んだペンギンが言い合う声が聞こえた。


 ローは廊下を歩きながら、帽子を被り直す。
 女を手玉にとるのは、このトラファルガー・ローにとってはさして難しい事では無かった。女は単純だ。甘い言葉とちょっとの刺激を与えてやればいい。

 あの記憶喪失だという女も一緒だ。
 ローはまるでゲームでも楽しむかというように口角をあげ、医務室へと足を向けた。


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