書庫へ行く道はどれだっただろうか。
以前イルミと一度だけ行った書庫。
あそこにもう一度行きたい。
この間、部屋に持って帰った本は全て読んでしまった。


あのとき、角を数えて覚えたはずなのに…。
少し悔しく思いながら先へ進む。
来たことのあるところかどうかすら分からない。
ここはどこだろう。


「ヨウコ?」


ふいに闇から声を掛けられた。
聞き覚えのある声。


「ミルキくん?」


廊下の明かりに照らされたのはミルキくんだった。


「呼び捨てでいいって言っただろ」


「あ、そうだったね」


初めて会ったときに、ミルキからは呼び捨てにするように言われていた。
どうも“くん”付けはむず痒くなるらしい。
呼ばれ慣れていないからだろうか。


「で、こんなとこでなにしてんだ?」


「ちょっと道に迷っちゃって…」


「迷ったって…どこに行くつもりで?」


「書庫」


私がそう言うとミルキは一瞬キョトンとして、次の瞬間大きな体を揺らしながら笑いだした。
理由が分からない。
彼はこの家にずっと住んでいるから迷うということはないだろう。
しかし、私はまだこの家の地理を把握していない。
迷ってもなんらおかしくはないはずだ。


「悪い悪い。書庫なら別方向だぜ?」


「えっ…」


「どっかで曲がるの間違えたんじゃねーの?」


「そ……、そうかも…」


そんなはずはない、そう言いたかったけど、確たる証拠もない。
現に反対方向に来ている時点で間違っているのは揺るがない事実だ。


「このまままっすぐ行くとどこに行くの?」


「独房」


「ど…独房…?」


暗殺一家の屋敷だ。
あってもおかしくはない、おかしくはないのだが…。


なんとなくこの家に慣れてくると、あの有名な暗殺一家・ゾルディック家だと分かっていながらもそれは別世界のように思えていた。
それほど、私の生活に“暗殺”という二文字はない。
世間よりちょっと金持ち(といっても大分差があるが)の家に住まわせてもらっているような気がしてしまう。
もしかすると、みんなが気を使ってくれているだけなのかも知れないけど。

「それにしてもほとんど一本道のこの家でどうやって迷うんだ?」


「ま、まぁそれはほら、窓とかないし、どこにいるか分からなくなるんだよね」


「あー、そういう設計になってるからな、ここは」


「そうなの?」


「あぁ。暗殺は基本的に闇に紛れてするからな」


どうやら気を使ってくれているのはミルキ以外のようだ。
最初に会った時もそうだったが、彼は“暗殺一家”や“ゾルディック家”というのが好きらしい。
誇りを持っているようで、それは人としていいことなのだろうけど…。
私にとっては忘れていたことを呼び覚ます魔の言葉でしかない。


「方角くらいわからねーと暗闇じゃ移動もままならねーし」


「じゃ、じゃあ、方位磁石ないと大変だね…」


「それはお前だけだろ。みんな方角くらい分かるぜ」


暗殺どころか殺しすらしたことないただの一般人の私に彼は一体何を求めているのだろうか…。
まぁ、彼にとって私は突然現れた異端の存在でしかないはずだ。
当然、いらない存在であろう。
本当は疎ましく思われているのかもしれない。
そう思われていてもなんら不思議はない。


「そうだ」


突然彼はなにかを思いついたようで得意げな顔になった。


「俺が作った地図と方位磁石やろうか?」


「え、いいの?」


それは願ってもない申し出だった。
方位磁石はともかく、地図があれば役に立つはずだ。
特に彼が作ったというのは心強い。
なんていったって、彼はここに長く住んでいる。
それこそ生まれてからずっと。
それならば詳しい地図を持っているはず。


「あぁ、もう俺には必要ないしな。今から部屋に戻るから付いて来いよ」


「うん、ありがとう」


ゾルディック家の人は歩くのが早い。
普段、目で追えないくらいの早さで動いているからかなのか、普通の人に比べて歩くのが速い。
なので追いかけるだけで精一杯なのだが、ミルキの足は私と同じくらいの速さだった。
とても付いて行きやすい。


「それにしても書庫なんていつ知ったんだ?」


「この前イルミに教えてもらって…」


「なんだイルミ兄が教えたのか」


「うん、ちゃんと角も数えてたのになー」


「ちなみにどうやって行ったんだ?」


「私の部屋、分かる?」


私の隣の部屋はよく人が入れ替わる。
キルアくんだったりカルトちゃんだったり。
それは現在イルミのまま止まっているが、ミルキだけは隣の部屋に来たことがない。
なので彼が私の部屋の位置を把握しているとは考えにくい。


「あれだろ? 日の当たるとこ」


「う、うん。そう。まず左に曲がって…」


「左?」


ミルキが足を止めた。
首を傾げている。


「そりゃ反対方向だぞ?」


「え、でも確かにイルミは左に行ってたよ?」


それは間違いない。
さすがに最初にどちらへ行ったかを忘れるわけない。
途中で知っている部屋を見たからなおさら記憶に残っている。


「右に行った方が早く行けるんだよ。なんでイルミ兄はそんな方向に行ったんだろ?」


イルミはなぜか回り道を私に教えていたらしい。
それで何度も角を曲がったわけか。
ミルキが言っていたように基本的に一本道なのに迷った理由が分かった。
それにしても、なぜ彼はわざわざ回り道を教えたのだろう。


「右に行ってそれから…あっ」


一人でブツブツ言っていた彼は、急に声を上げると黙った。
なにか気付いたようだ。
一人押し黙り、考えている。


「ミルキ…?」


「ヨウコに回り道を教えたわけは分かったぜ」


「ホント?なんで?」


イルミが何かしらの理由で私に回り道を教えたのだとしたら知りたい。
イルミとミルキは兄弟なのだ。
兄弟の考えていることがわかっても不思議ではない。


「さっき独房があるって言っただろ?」


「う…うん」


そこでなにをするかなど聞きたくはないが、確かに独房があることは聞いた。


「書庫へ行くためにお前の部屋から右に行くと、独房の近くを通らなきゃいけないんだよ」


それを回避するために、イルミ兄はわざと回り道した。
そう言いきったミルキは自分で言っておきながら意外そうな顔をしている。


「それにしてもなんでそんなことしたんだろ?」


「さっき分かったって言わなかった?」


「違う違う。イルミ兄が遠回りの道を教えたのは独房の近くを通らせないため」


「うん…」


「俺が分からねーのは、なんでそんなことしたのか!」


「うん…?」


「だから、なんでヨウコを独房に近寄らせなかったのかってことだよ!」


「あぁ…」


そういうことか、と納得したもののまたもや首をひねることになった。
ミルキの言うとおり、なぜわざわざ遠回りをして独房の前を通らなかったのか。


「もしかするとあれかもな…」


同じように首をひねっていたミルキが呟いた。
そして私を見て頷く。


「うん。やっぱりそうだ」


「分かったの?」


様子からみて、イルミがなぜそんな行動をとったのか理解出来たようだ。
目が心なしかきらきらしている。
普段はこんな表情絶対見せないのに。


「分かったけど…」


ミルキはニヤリと笑ってみせた。


「絶対教えてやらねー」


楽しそうに鼻歌を歌いながら前を歩く彼の足取りは軽く楽しそうだ。


「えー、教えてよ!」


「やだねー」


キルアのいたずらっぽいところはミルキに似ているような気がする。
いたずらにそういうミルキとキルアが重なって見えた。
体格は全然違うけど、二人はどこか似ている。
そしてそれはこういう一面なのかもしれない。


「じゃあ、ゲームで勝てたら教えてやるよ!」


「よしっ、勝負だ!」


兄弟仲がいいとは言えないこのゾルディック家で兄弟の繋がりを見たからなのか。
絶対に勝てないであろうそんな提案に私はあっさり乗ってしまった。






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