クロロは彼女がなにを言っているのか分からなかった。
言葉は分かる。
意味も分かる。
ただ、真意が分からない。
その質問に込められた意味を、必死に考えていた。
深い意味がありそうな、それでいてなさそうな。
「聞いてる?」とヨウコに問われても、「あぁ」と頷くしかできなかった。


ホテルの一室。
たった一夜を過ごすだけなのに勿体ないとヨウコに説教されたスウィートルーム。
それはクロロのプライドの高さを表していた。
安いホテルに恋人を泊めるなどプライドが許さなかったのだ。


昼にチェックインして、今は夕方。
事に及ぶにはまだ早い。
良い頃合いまでダラダラと過ごして時間を潰しているときに言ったヨウコの言葉。
「私、死ぬんだったらクロロに殺されたい」
場合によっては深い意味が隠されていそうな言葉。
そう、もうすぐ死ぬから殺して、と言われているようだった。


「ヨウコ…病気なのか?」


もし不治の病などにかかっていたならば、どんな手を使っても治す気でいる。
そういう能力を求めて旅団を動かすことだって厭わない。
クロロにとってヨウコはそれほどの存在だった。
しかし、深刻な顔で言うクロロとは対照に、ヨウコは目を丸めている。


「病気? ぜんぜん。この通り元気」


そう言ってソファに立ち、飛びあがって見せた。
隣に座っているクロロのことなどお構いなしに飛んでいるため、スプリングが軋んでクロロの体が揺れる。


「分かった。とにかく座れ」


うんざりしたような言い方にヨウコは飛ぶ力を緩めて、座る。
それでもまだクロロの頭は揺れていた。


「なぜそんな話をするんだ」


「んー、なんとなく」


クロロが思っていたほど、ヨウコの問いに深刻な意味などないようだった。
言ってみただけ。そんな様子だ。
少しでも深刻に考えてしまったことに溜息をついた。


「どうせ、いつかは死ぬんだよなーって思ってさー」


クロロの溜息など、まるでなかったことのようにヨウコは話し始めた。


「一人で死ぬのかなーって思ったわけよ。あんまりクロロと会わないし」


暗にあまり会えないことを不満だと伝えたいのかと思ったが、特に感情の揺れを感じなかった。
もし不満を訴えたいのなら『会わない』という点に力を入れるはずだ。
しかしそれがない。
つまりそのことについては特になにも思ってはいないらしい。
それはそれで落ち込むような気もする。


「でも死ぬならクロロの近くで死にたいなーって思って」


最後は、好きな人の顔見て死にたいし。
そう言ったヨウコに抱く感情は、この上ないほど暖かなものだった。


「病気のときに傍に居てほしいとかはなくて、確実にクロロを見て死ねるように、クロロに殺してほしいの」


それは甘い誘いに思える。
死というものに直面したとき、人はもっとも愛したものに会いたがる。
配偶者だったり子供だったりとそれは様々だ。
事実、クロロも人を殺してきた。
死に直面した人を見てきた。
そして、その訴えを聞いてきた。
それを聞き入れたことはなかったが、どういう類の願い事をするかは分かる。


それは強い思いの元に生まれる願いだ。
その願いをヨウコは自分に向けている。それだけで自分の心が満たされるのがクロロには感じられた。
事に及ぶのは日が沈んでからにしようと思っていたが、早めてもいいかもしれない。


「ヨウコ」


自分で始めた話題だというのに、ヨウコはソファを離れてテレビを見ていた。
クロロの呼びかけに振り向いて、「ん?」と首を傾げる。


「お前の死期が近付いたら…。約束する、オレが殺してやる」


軽く視線に殺意がこもったのは仕方があるまい。
ヨウコへの証明でもある。
当のヨウコはというと、一瞬怯えた顔を見せた。
しかしそれは本当に一瞬のことで、次の瞬間にはこの上なく幸せそうな笑顔を見せた。


テレビに視線を戻したヨウコの後ろ姿を見て、クロロは思い直した。
事に及ぶのはやはり日が沈んでからにしよう。
その方がヨウコも大人しく受け入れるだろう。
そして刻んでやろう。
いかにオレがヨウコを愛しているか。
それがどれほどのものか。


今すぐ壊したくなる衝動を抑えてクロロは一人ほくそ笑んだ。





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