とても綺麗な人がいた。
どこかミステリアスで人の目を引く、そんな人。
特に用もなく、なんとなく退屈だったのでフラフラと街へ出てきたのだが、正解だったかも知れない。
私は街まで出ることを決めた今日の私に称賛を贈った。
ゾルディック一家は美形揃いだ。
上のイルミから下のカルトちゃんまで。
ミルキはまぁ…あんなだけど痩せれば絶対美形だと思う。
しかし、広場のベンチに腰を下して本を読み耽っている彼の様は、美形慣れしてきた私ですら目を見張った。
時刻はすでに夕方。
夕日に照らされて広場の木々が綺麗だったが、それは彼を見てから気付いた。
景色より、その男の人の方が綺麗だと思ったのだ。
どこかゾルディック家と同じような雰囲気を感じる。
近寄りがたい、それでいてずっと見ていたくなる不思議な人。
その時、鐘が鳴った。
5時を知らせる鐘だ。
そろそろ戻らなければ。
ミケに襲われなくても、あの森を一人で歩いて帰るのはごめんだ。
早く帰らなければ、そう思いながらも私は広場の彼から目を離せないでいた。
不思議なことに周りの人はそれほど注目していない。
なぜだろう。
ここにいる全員が目を引かれていても納得のいく容姿をしているというのに。
それともここの人はゾルディック家の美形を見過ぎて耐性が付いているのか。
いや、それはないか。
…というか、彼らが街に出る、などということはあるのだろうか。
その様子は全く想像できなかった。
こんなことを言ってる場合ではない。
名残惜しいけど、帰らなければ。
そうは思いながらも私は彼から目を離せないでいた。
仕方がないので広場を通り過ぎる間だけ、こっそり見ることにする。
いつもより広場を通り過ぎるのが遅い。
当然だ、歩調が遅いのだ。
目の前は通らず、中央にある噴水を挟んで通り過ぎることにした。
あまり近寄りすぎるのは危険だ。
噴水を超えたところで、彼に目をやった。
彼は私を見ていた。
慌てて逸らす。
確かに目が合った。
心臓が速い。
ずっと見ていたのが気付かれたのか。
なんにせよ、早く帰らねば。
そう思って顔を上げた。
「こんにちは」
「わっ!」
突然目の前に現れた人。
先ほどまでベンチに座って本を読んでいた彼だ。
「ごめん、驚かせちゃったね」
「こ、こちらこそすみません!」
どうしたらいいのだろう。
なぜ、彼は声を掛けてきたのだろうか。
別に私が驚かせたわけではないのに、私まで謝ってしまった。
先ほどまでは彼に興味を持っていたけれど、向こうから興味を向けられた瞬間怖くなった。
入ってはならない場所に足を踏み入れたような感覚に陥る。
「そ、それじゃあ、私はこれで!」
「ちょっと待ってよ」
横をすり抜けようとした私を、彼は引き留めた。
振り向けば、彼が夕日に照らされて、なおさら綺麗になっている。
「な、なんでしょうか…」
なにかが私の中で騒いでいる。
なんだろう、逃げなければ。
なにから…?
この人から…。
そしてはっと気付く。
この人はいつ移動したのか。
私が彼から目を離したのはほんの一瞬だ。
目が合ったことにと驚いてうつむいたほんの一瞬。
その間にこの人はここまで来た。
この人、普通の人じゃないっ!
「今から時間取れないかな…?」
「そ、それって…」
ナンパ…?
こんな綺麗な人がナンパをすることにも信じられなかったが、なんとなくイメージしていた人物像と違ったので私は拍子抜けしてしまった。
それでも、タダものじゃないと気付いた今、付いて行く気は起きない。
「どうかな?」
「すみません。今から家に帰りますので」
「急いでる?」
「えぇ、もちろん」
早く帰りたい。
というより、早くこの人と離れたい。
その一心だった。
「急いでるようには見えなかったんだけどな」
確かに先ほどまではさほど急いでいなかったが…。
なぜそんなことを知りえるのだろうか。
「だって、キミ、ずっとオレを見てたろ?」
顔を覗きこまれた。
近くで見ても、彼は綺麗だ。
「いっ、いや、それは…」
「急いでいるのならオレのことなんて無視するはずだろ? でもキミはオレを見ていた。どうして?」
言えるわけがない。
見惚れていたなんて。
「あー、その…普段見ない人だなって…」
とっさに出たのはそんな言葉だった。
それほどこの街を歩いた経験はないけれど、この街を見下ろすところに住んでいるのだ。
観光客よりは詳しいはず。
そしてなにより、それは本心が混じっていた。
何度か街を散策したことはあるが、彼を見たのは今日が初めてだ。
前に見たことがあれば、そのときも見惚れていたはずなのだから。
「あれ? 分かる?」
どうやら当たっていたようだ。
彼は私の顔を覗きこむ為に折り曲げていた半身を起して笑った。
「実はちょっとした待ち合わせで来てるんだけど、早く着いちゃってね。時間を潰してたんだ」
なるほど、それでずっと本を読んでいたのか。
「それにしても大した観察力だな」
今さら当てずっぽうです、と言うわけにもいかず、とりあえずお礼の言葉を述べておいた。
気が付けば、またも日は傾いている。
どうやら、暗い森を歩く羽目になるようだ。
それでも早く帰るに越したことはない。
適当に会話を切り上げて帰ることにしよう。
「それじゃあ、私は本当に帰りますので…」
「あぁ…。ごめんね、暗くなってしまったな」
本当に。
その言葉は飲み込んでおくことにする。
話してみると気さくないい人そうだが、それでもまだなにかが引っかかる。
直感を信じてみるのもいい、とゼノさんが言っていたから信じておこう。
「送って行こうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「本当にいいの? 送るよ、暇だし」
「家すぐ近くなんで」
「それなら尚のこと」
「本当に大丈夫ですから!」
そう言って私は駈け出した。
あのまま押し問答を続けていても一向に帰れそうもなかったからだ。
これ以上暗くなるのは嫌だったし、私の直感もあの人は危ないと言っていた。
なにか根拠があるわけではないが…。
あの笑顔の裏にはなにか別のものがいる気がした。