玄関が開く音がする。
この家の所有者が帰ってきたのだ。
コツコツと足音は近付くが、一定のところをうろうろしている。
そのうち、バスルームの扉が開いて、閉じられた。


床に座ったまま、暗い部屋をぐるりと眺めてみる。
置いてあるものは本の山。
そして、美術品。
新しいものから古いものまでその趣味の広さはある種の恐怖すら感じる。


しばらくは眺めるだけに止めていたが、なんとなく手の届きそうなものに手を伸ばしてみた。
なにをするものか全く分からない木箱だ。
それでもどす黒い表面が普通の箱でないことを告げていた。


「驚いたな」


突然掛けられた声に顔を上げると髪から雫を滴らせて所有者が立っていた。
この家の所有者、そしてこの美術品の現在の所有者。
クロロ=ルシルフルだ。
慌てての自分の手元を見て、ヨウコは箱を手放した。
壊さないように丁重に。


当然、この箱も他の美術品同様、価値のあるものだろうから取扱いに気をつけた。
置いてから慌ててクロロに目をやった。
怒られるだろうか。
美術品を触っていい許可は出ていない。

「それに触れてもなんともないのか?」


それ、とは先ほどの箱を意味してるようだ。
怒っている様子はなく、安堵したヨウコは頷いてみせた。
そして、クロロから視線を外し、箱を見た。
どう見てもなんの変哲もないただの箱だ。
表面が茶色ければなおさら普通の木箱にしか見えない。


「この木箱は、何人も殺してきた呪われた箱だ」


クロロはヨウコ傍らに膝をつき、木箱を持ち上げて「一見ただの箱にしか見えないだろう」と言った。
これにもヨウコは頷いた。
しかし、今、クロロは素手で箱を触っている。
そして彼にも異変はない。


「お前には見えていないだろうが、俺の手は今普通の状態じゃない」


そう言って、顔と同じ高さに箱を持ち上げた。
目を凝らして見るとクロロの手をふわふわしたものが覆っていた。
これが、クロロのいう普通の状態ではないということなのだろう。
そして、箱にもなにかふわふわしたものが漂っている。
普通の箱ではない。


「やはりな」


ヨウコの瞳を見つめたまま、まるで独り言のように呟かれた言葉。
そのわけを説明されることはなく、彼は立ち上がった。
少し離れたところにある棚に箱を置き、振り返ることなく彼は部屋を後にした。
残されたヨウコは、箱をじっと見てみるもののもう触る気にはならなかった。
クロロは言った。あれが呪われた箱であると。


それは、あの箱の危険性を表していた。
誰でもわかる。触ってはいけない箱なのだ。
だからクロロは離れた棚に置いた。
ヨウコが触らないように。


一瞬、この部屋のもの全てを先ほどのように注意深く見てみようかと思った。
あの箱同様に他の美術品にもふわふわ漂うものが見えるかもしれない。
あんなものを見たのは初めてだった。
しかし、不思議と恐怖はない。
まだなにも危害を加えられていないからかも知れない。


しかし、やめておいた。
もし、彼がこの部屋に持ち込む美術品全てがあのふわふわしたものに覆われているとしたら。
そういう類のものを集めているとしたら。
今、彼がこの部屋に運び込んでいる美術品もそうだとしたら。


自身もそれに覆われているはずだから。
ヨウコはクロロと共に生活しているわけではない。
ここは彼のコレクションルーム。
そしてヨウコはそのコレクションの一つ。


美術品を動かしているクロロの様子を見てヨウコは部屋の隅に移動した。
ここにいる方が邪魔にならないと思ったからだ。
新たに運び込まれる美術品を眺めて同じだと思った。
背に生える翼。
本当に価値があるのは自身ではなく、この翼なのだろうけど。
そんなことを考えながら、ヨウコは翼で自身を覆った。






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