何度か利用したことのある居酒屋の暖簾を潜って扉を開ける。
しばらく待っていると、いらっしゃいませぇ!と明るい声の店員さんが現れた。
予約してあるんですけど、多分、“フクシ”で。
そう言えば小首を傾げていた店員さんはパッと笑顔になる。


「八名様でご予約のフクシ様ですね。みなさんお揃いですよ」


参加人数を知らされていないので、人数で確認をされても困るのだが間違いないだろう。
大体三年部員はそんなものだった。
それにしても、予約時間ギリギリでみんな来ているとは優秀だ。
楽しみにしていたのを隠す為にわざとこんな時間に来たのだが、これでは逆に見えてしまう。
そんな心配をしながら私は店員さんの後を付いて行った。


「おっせぇぞ!マネージャー!!」


個室の扉が開かれその中にいた全員がこちらを見ると同時にそんな声が聞こえた。
懐かしい声。
瞬時に思い出すのは中学時代の夏休み。
寝坊して練習に遅れたときもこうやって怒られたっけ。


「ごめんごめん。寝坊した」


あの日と同様の嘘を吐いて部屋を見回す。
そこには大人に成長した懐かしい顔ぶれ。
中学時代の面影が残っている為、誰が誰だか一目瞭然。
堂本に至ってはあまり変わっていない。


「お前はいっつも寝坊だな!っていうか午前中に起きとけよ!」


そう言っているのは元部長の福士で。
意外にも時間に几帳面な彼のことだ。
今日も早めに来ていたのだろう。


「勝手に始めちまうとこだったぜ。アイーン」


相変わらず語尾がおかしい堂本に笑みを漏らすと、鈴木が言う。


「お前の席、ミチルの隣な」


「え、なんで」


「“なんで”ってなんだよ!俺の隣よ?」


嬉しいでしょ、喜ぶとこでしょ、と言う福士にわざと嫌そうな顔を向けて仕方がないなぁと彼の隣へ腰を落ち着ける。
ブツブツ言っている福士と嫌そうな私を見て、堂本が「お前らはその並びだよな」と満足げ。
福士の隣はマネージャーだった私の指定席。
よくこうやって隣に座ったっけと思うと同時に思い出した甘酸っぱい記憶。
気まずいのは私だけのようだ。福士に緊張している様子はない。


中学時代。
私と福士は付き合っていた。
部長とマネージャー、立場上関わりを多く持った私達は、どちらからともなく好きになり、「好きかも知んねー」という福士の言葉で付き合いだした。部員達には内緒で。


多分バレてはいないと思う。
私達の関係はすぐに終わってしまったから。
原因の所在はお互い、だと思う。
部長とマネージャーというのはトレーニング内容の伝達や連絡事項などの関係で密に接している。
多分近くにいたから惚れたのだ。
私も、福士も。


そんなんだから終わりもあっさりで。
二人してなんか違う、と特に話し合いらしいものもないまま別れた。
それは、ちょうど夏休みの終わり頃。
その後の福士は彼女をとっかえひっかえしていた。
悪い噂は聞かなかったので、それなりに誠実に付き合っていたようだ。
意外にモテるんだな、なんて思ったことを思い出す。


私はというと、福士が女の子と歩いているのを見る度に嫌な気持ちになっていた。
元彼だからだろう。
最初はそう思っていたがいつからか、こちらを向いてほしい、そう思い始めた。
もう、私達の関係は一度終わっているというのに。
お互い納得の上で別れたはずなのに、私自身が納得していないことに気がついたのはこの頃だ。
しかし時すでに遅し。
すでに卒業間近で、その時には福士もとっかえひっかえをやめていた。
ある女の子と付き合っていたのである。一月以上も。


未だその想いは私の中でくすぶっている。


「よぅし!じゃあ始めるかっ!」


一つ手を打ってあの頃から幾分か成長した福士が言う。
呼び出しベルの隣にいる田代が前に乗り出すとベルに手を掛けた。
呼び鈴が鳴ってほどなくすると店員さんが現れる。
私達は揃ってビールを注文した。
二時間飲み放題。最初からそういう話だったので車で来ている者はいない。
飲み物が来るまで適当に近況を話し合った。


それなりに酔いも回り、皆の血色も良くなってきた頃。
怪しい笑みを浮かべた田代が「と・こ・ろ・で」と福士を見る。
その笑顔にぐっと身を引いた福士はそんな田代から目を逸らすと、なんだよ、と返す。


「彼女とはどうなってんの?」


田代のその言葉を合図に二人ずつくらいに分かれて話していた全員が福士を見る。
隣の私の視線ももちろん福士へ。
彼女、いたんだ。
もしかして中学時代から付き合っているあの子だろうか。
それを自分から確かめる勇気はない。


「べ、べべ別にどうもなってねぇよ!」


「しどろもどろになってる!怪しい〜」


「結婚秒読み?」


そんな声が聞こえる。同じ部屋にいるはずなのに、福士は隣にいるのに酷く遠くに感じた。
複雑な感情が胸に渦巻く。
もし結婚するのなら、諦めなければ。
しかし、諦められるだろうか。
もう五年以上も想い続けたままの、彼を。


「お前らには関係ないだろ!」


顔を赤くさせてそう答える福士に、あぁ、と納得する。
結婚の話は出ていなくても結婚するつもりなのだ、と。
グラスに残っていたビールを一気に煽ると、通り過ぎようとした店員さんを呼びとめて強い酒を頼む。
呑まずにはいられなかった。
私の注文に数人が同乗し、「惚気やがって」「呑まなきゃやってられるか」と口々に言うのに紛れて「そうだそうだ」と相槌を打った。
本当に、呑まずにはいられない。


二時間なんてあっという間で。
数年間の出来事を全て話すには時間が足りなかった。
昔話なんかも織り交ぜていた為、私達の話は収拾がつかなくなり、あっちやこっちへ脱線しては戻り、脱線しては戻り。
仕舞いには、脱線してそのまま戻ってこなくなったがそれでもそれを気にする人は誰もいなかった。


忘れ物がないかざっと確かめて、会計を済ます福士の後ろを通り私達は外へ出る。
酔って火照った身体に夜風が気持ちいい。


「うへぇ…気持ち悪…」


火照った身体を冷ましてくれる夜風も私のこの不快感を取りはらってくれるわけはなく、顔を歪めてそれ露わにする。
私が一人で倒れないように、側には堂本。
なにかあれば支えるか下敷きになるつもりだと分かった。
こいつは強面だが意外と優しいのだ。


福士の恋愛話以降、それほど強くないにも関わらず強い酒をガンガン呑んだ結果がこれだ。
情けないのだが、そうしなければ聞いていられなかった。


「大丈夫か?」


「あ?ダイジョブダイジョブ」


鈴木の質問に手を振って答えるが、ホントかよ、と言いたげな表情が返ってきただけだった。
少しふらついただけで側にいる堂本を始め、鈴木も手を伸ばす。
ダイジョブだって。
そう言っても距離を詰められただけだった。


「ミチル、木村が死にそう」


田代がそう言って店から出て来た福士の注意を引く。
余計なことしないでほしい、そう思って田代を睨んでも彼は心配そうな顔をするだけ。
そうこうしている内に福士がやって来る。
少し身を屈めて私の顔を覗き込み顔色を確かめてから身を起こし溜息一つ。


「ったく、お前は呑み過ぎだ」


「いいじゃん。呑み放題なんだから」


「自分の許容範囲くらい自覚してセーブしろよな」


福士のお小言なんてマネージャー時代に聞いたきりで、少し懐かしい。
が、そんな感情に浸る間もなく気持ち悪さがこみ上げる。


「吐きそ…」


「おいおいおい、道端ではやめろよ」


「吐かないよ。失礼だな」


吐きそうだからと言って、吐くわけではない。
本当に吐くなら、そう言う前に吐く。
しかし、これでは本当に道端で粗相をしてしまいそうだ。
ここから自宅まで歩いて帰れない距離ではない。
今日はゆっくり歩いて帰ろう。


「ミチル」


隣で私を支えようかどうしようか迷っていた堂本が低めの声で言う。


「木村、送っていけ」


その言葉にバッと堂本を見た。
至って真剣な顔。冗談を言っているわけでもからかっているわけでもない。
真面目にそう提案していたのだ。


私の中にくすぶっている気持ちを堂本に話したことはない。
付き合っていたことも言っていない。
しかし、私にはこれがお膳立てに思えて仕方なかった。
だって、なにも知らないのなら堂本自身が私を送ればいいだけの話だ。


「お、おぉ、別に構わねぇけど…」


当の福士は強面の堂本があまりに真面目に言うものだから少しビビっている。
相変わらずのヘタレっぷり。
本当は笑いたいのに、気持ち悪過ぎて笑みが出ることはなかった。


少し離れたところでなにやら話していた鈴木達がヒューと口笛を吹く。
からかっているのだ。これも本当なら怒ってやりたい。
そうは思っても息を吸えば、それは溜息になって出て行ってしまって声になることはなかった。
そんな私の代わりに福士が「てめーら!」と声を上げてそちらへ。


「勝手に言っちまったけど…」


まるで中学時代のように騒ぐ福士達を見ていたら、隣で小さく堂本が言う。


「いいよな?」


持ち前の強面をシュンとさせて申し訳なさそうな顔。
まるで子供が母親に怒られるのではないかと心配しているようだ。
それが似合わなくて、今度は軽く笑えた。


「いいよ。っていうか、その言い方だと私の気持ち知ってるんだ」


「まぁな。お前、福士しか見てなかったし」


「ちょっと自覚あるかな。……ありがと」


「いいってことよ。アイーン」


お決まりの言葉を言って笑った堂本は騒いでいる田代達の元へ向かう。
それと入れ違いに福士が近付いてくる。


「んじゃ、帰るか。木村」


「ん。ってみんなは?」


歩き出した福士に付いて行こうとして振り返る。
私と福士を除いたメンバーは反対方向へ歩いている。


「二次会」


「え、福士も参加するんでしょ?」


「行くよ。木村を送ったらな」


だから早く来い。
そう言って福士は足を進めた。





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