卒業を間近に控えたある日。
ありきたりな呼び出しに大体の予想をして体育館裏へ行った。
そのときは“俺の魅力にようやく周りが気付き始めたか”くらいにしか思っていなかった。


待っていたのは隣のクラスの女子で何度か見たことがあり、更に何度か話したこともあった。
しかしその内容は覚えていない。
覚えているのはなかなか感じが良かったことくらいだ。


挨拶もそこそこに「なんの用?」と少し余裕を見せて言えばその女子は頬を赤らめて俯いた。
こんな反応をされれば誰でも分かるだろう。
彼女は俺に告白する気なのだ。


なかなか切り出さない彼女をじっと見つめる。
話した感じは良い。
顔もまぁ及第点だ。
そうだ、このことを洋子に自慢してやろう。


「あのね、私、福士君が好きなの」


頬を赤らめて言うその子はなかなかに可愛かった。
及第点などと言ったことを撤回しても良い。
俺がなにも言わないでいると彼女は次の言葉を続ける。


「それで…その、付き合って…もらえない、かな…?」


会話のバトンは俺に回ってきたらしい。
しかしそれに対する返答は用意していない。
話した感じはなかなか良い。顔もまぁ可愛い。
それでもすぐに首を縦に振ることは出来なかった。
脳裏に過ぎるのは洋子の顔。


なんであいつなんて思い出してるんだ。
洋子は今、高校受験に行っているはず。
今日は学校には来ず、そのまま家に帰ると言っていた。
っていうか、なんでそんなこと覚えてるんだよ、俺は。


「ダメ…かな?」


泣きそうに瞳を潤ませたその子が小首を傾げる。
口元には無理やり作ったであろう笑み。
夏頃、洋子が作った表情に似ている。
夏祭りの前日、友達に彼氏が出来たとかで祭りへ行く予定のなくなった洋子が俺を誘いに来た時だ。
断られると思ったのだろう。
珍しく夏祭りの日がたまたま空いていたから相手をしてやったが。
あの嬉しそうな顔を思い出すと、今も胸が苦しい。


「ダメ、だよね。福士君には木村さんがいるもんね」


「え?」


「だって付き合ってるんでしょ?そういう噂、あるんだよ」


なんだそれは。
部の奴らにそうからかわれたことはあるが、そんな噂があるとは初耳だ。


「いやいやいや、付き合ってないよ。別に」


そうだ。付き合ってなどいない。
お互いにヒマが合ったら遊んでいるだけで、別に付き合っているわけではない。
しかし、なぜだろうか。
そういう噂があると知って、…嬉しい。


「ホ、ホントに!?」


「あぁ、別にあいつとは…なんでも…」


“なんでもない”そう言おうと思ったのにそれが嫌だった。
あいつと、…洋子と俺がなんでもない。
それは俺自身が一番知っているはずだ。
なのにそれが嫌だなんて。
そんなの、そんなのまるで俺があいつを好きみたいじゃないか。
そこまで考えてはっとした。そして気付かされた。


“好きみたい”ではなく“好き”なんだ。
俺の言うことにいちいち反応して喜んだり悲しんだり傷ついたりしている洋子が、俺は好きなんだ。
出来ることなら喜ばせたい。
あいつが笑うと俺も嬉しいしホッとする。
あいつが泣いていると俺も悲しいし悔しい。
誰かがあいつを傷つけていたら俺は傷つけたやつに怒りを覚える。
そして守りたいと思う。


これを愛や恋といった言葉以外でどう表現出来ようか。
むしろこれは、愛であり恋だ。


「福士君?」


「告白、してくれてありがとう。でも君とは付き合えない」


「………………」


「俺、好きな人がいるんだ」


涙を目に溜めたその子はそこから去って行った。
悪いことをしたとは思う。
でも他の人を好きなままあの子とは付き合えない。
そっちの方が悪いと思うから。
教室まで鞄を取りに行って財布の中身を確かめる。
幸い、目的地までの往復代金はありそうだ。


「遠いなぁ〜神奈川」


ようやく辿り着いたそこはテニスを始め色々な部活で賞を取りまくっている立海大付属。
なんでこんなところを洋子が受けるのかは知らないが洋子はここで入学試験を受けているはずだ。
といっても時刻はすでに夕方。
もう帰っている可能性も捨てきれないが、来ずにはいられなかった。


しかし、目立つ。
立海大の制服はブレザー。
俺達銀華は学ランである。
先ほどからすれ違う生徒が俺をじろじろと見て行くのが気になる。
早く洋子と合流しなくては。


「あのさ」


ガムを膨らましながら歩いていた派手な奴と色黒のスキンヘッド二人組に声を掛けた。


「あ?なんだよ」


ガムを膨らましている派手な奴が答える。
こいつも俺を足先から頭の先まで見回している。
不愉快だ。


「今日ここで高等部の入学試験があっただろ?」


「あー、そういややってたなぁ」


不愉快だと思った気持ちが声色に出ていたがそいつは気にする様子も見せずに返してきた。
バカなのか、気にしない性質なのか。判断出来ない。


「それってもう終わったの?」


「ジャッカル、なんか知ってっか?」


隣にいた色黒にガムの奴が尋ねると色黒は肩を竦めるという気障なリアクションを取った。


「確か、そろそろ終わるはずだと思うがな」


「まだ終わってはないんだな」


「なんだ?お前、うち受験すんのか?」


もう一度ガムの奴は俺の頭のてっぺんから足先まで見る。
本当に不愉快だ。なんで洋子はこんな奴がいるような学校を受験したんだろうか。
大人しく俺と同じ高校に行けばいいのに。


「いや、今受けてるやつを迎えに来てやったんだよ」


「ふーん。じゃ」


「って、おい!待てよ」


質問には答えた、とばかりにガムの奴が去ろうとするのをすかさず呼びとめた。


「なんだよ、今から部活なんだよ、こっちは」


面倒くさそうにガムの奴が足を止めてこちらを向く。
なんて失礼な奴だ。


「会場教えてほしいんだがな」


そいつはガムを噛みながらしばらく考えているようだった。
ほどなくして、またガムを膨らませる。


「いいぜ、教えてやるよ。ジャッカルが」


「俺かよ!」


「いいじゃねぇか悪いことしろって言ってるわけじゃないんだから」


「まぁ、そうだけどよ…」


「真田には俺がちゃーんと言っておくから」


「本当だろうな…」


「なに、お前パートナー信用してねぇの?」


「そういうわけじゃねぇけどよ」


「じゃ、あとは頼んだぜ」


そう言うとガムの奴は去って行った。
後に残されたのは俺と色黒。
というか、俺を抜きで勝手に話を進めないでほしい。
なんだか分からんが、この残された色黒が俺を案内してくれるようだ。


「じゃあ行くか」


「あぁ、悪いね」


「いや、いいさ」


特に話すこともないので無言で歩く。
それにしても広い。
どこになにがあるのか覚えられる気がしない。
いや、本気になったら覚えられるけど。


「ほら、あそこの建物だ」


色黒が指差した先には入学試験会場と案内版が立てられていた。
数名の生徒がそこに立っていることから察するにもう試験は終わっているようだ。
洋子もしばらくすれば出てくるだろう。


「なぁんだ、でかく書いてあるじゃない」


「じゃあ、俺は行くからな」


「あぁ、ありがとよ」


色黒が去ってから、俺は適当な壁にもたれてこれからどうしようか考えていた。
きっと洋子は俺を見たら驚くだろう。
そしてなぜ来たのか問いかけてくるはず。
今のこの気持ちをどうやって切り出そうか。
そればかりを考えて俺は洋子を待った。





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