上からスライムがぷよ。
同じ色のスライムが四つ揃って弾けて消える。
それらを上手く組み合わせて十連鎖位を繰り返しコンピューターをこてんぱんにしているのは私の彼氏。


「ミチル」


「んー?」


画面から目を離すことなく、ぷよ。ぷよ。
いつだったかコツを聞いたら次にくるスライムも計算に入れて素早く脳内で形を組み立てることだと言った。
だからきっと今の彼の頭もそれだけの為に動いているのだろう。
私の話など上の空。


「今度さー、海行かない?」


「はぁ?海?なんで?」


半ば面倒そうな声でそう言ったミチルは積み上げた連鎖に着火した。
ぷよん、ぷよん、ぷよんとスライムが弾ける度にゲームのキャラが声を上げる。
呪文のようだ。


「前の学校の友達が部活の先輩達と行くんだって。それで誘われたの、お前も来ないかって」


「嫌だよ、めんどくさい。だいたい誘われたのお前だけだろ」


「んーミチルもどうかなって」


「海とか暑いだけじゃない」


相手の連鎖の種はミチルが送ったお邪魔スライムによって着火点を無くし、敵キャラは半透明なスライムを消す為に一連鎖を繰り返している。
その間にもミチルの方は次の連鎖を作っていた。
趣味を聞かれてテレビゲームと答えるくらいだ。
そうとうやりこんでいるのだろう。操作に一切の迷いがない。


「俺はいいからお前だけで行って来いよ。友達もいるんだから」


「うーん…」


ミチルの言う通り、最初はそうするつもりだった。
海、行ってくるね。って、それだけを彼に報告して友達と遊んで帰ってくる。
それだけのつもりだった。


「でもさー、やっぱりミチルと行きたいなーって…」


「行かない」


恥ずかしさを堪えて放った質問に即答されてしまえば心も折れるというもので。
私は文字通り肩を落として「そっか」と呟いた。


最近のデートと言えばもっぱらこれで。
これというのは現在進行形でミチルがやっているこのスライム落ちゲーを見ること。
ミチルのことは好きだし、ゲームも嫌いじゃないから見ているのは苦じゃない。
それでもそれが続けば嫌気がさしてくるのも事実。


なんとかこの状況から打破したいと思っていた矢先に友達の誘いだ。
断るわけはなく二つ返事で承諾の返事を返した。
気分転換にもなっていいかも知れないと踏んだのだ。
彼氏も誘えば?そう言ってくれたのは友達の方で。
私はさっきの彼の返事を予想していた。


まさか思ってた通りになるなんて。
後少しで敵のスライムがゲームオーバーラインに触れる。
ミチルはもう大きな連鎖を組んでいない。
二つか三つの連鎖を手早く組んで敵を追い込む。
僅かな隙間に半透明のスライムが流れ込んだ。
ミチルの勝ちだ。


「ぃよっしゃ!」


小さくガッツポーズをしたミチルが振り向いて、ベッドに腰掛けた私にキラキラした目を向ける。


「見た見た!?」


「うん、見てたよ」


「やっぱり俺は天才かも知れんなー」


画面に視線を戻したミチルが満足げにうんうんと頷く。
そんな彼に小さく笑みがこぼれれる。本当に子供みたいだ。
一つ年上のはずなのに、どうも年下くさい。


「じゃあ、今度友達と海行ってくるよ」


「あいよ」


くよくよしていても仕方がない。
本人も全然気にしていないようだし、私だけ気にするのは癪だ。
友達に会うのは少し久々で、その先輩ともなれば更に久々である。
みんな変わりなく元気にやっているだろうか。


「友達って…」


次の対戦相手とまたもや勝負を繰り広げているミチルがふいに呟いた。


「なんて名前だっけ?」


「切原だよ、切原」


「あぁそうそう。切原だ。洋子ってそいつと仲良いよな」


「うん、そうだね。一年のときに同じクラスで席隣だったから」


「あー、分かる分かる。入学したての頃ってどうしても隣の席のやつとつるんじゃうよな」


「うん、そうなの。で、そのまま仲良く今もやってきてるわけ」


「ってかなんで下の名前で呼んでやらねーの?その切原さんのこと」


一瞬、ミチルが何を言っているのか分からなかった。
でもまぁ、会ったことない人だからさん付けしたのかな。そう思った。
なにか引っかかるけど、放っておこう。


「普通仲良かったら名字じゃなくて名前で呼ばねぇか」


「いやー仲良いって言っても、男子と女子で名前呼びすると周りの誤解招くじゃない?」


突然、ミチルがスタートボタンを押してポーズ画面に切り替えた。
コントローラーを床に置くとくるりと体ごと反転して私の方を向く。


「洋子…」


「ど、どうしたの?」


「切原って…男なの?」


「え?」


完全に時間が止まった。
遠くに聞こえるセミの鳴き声や公園で遊ぶ子供達の声でようやく時間が動いていると自覚出来るほど私達は微動だにしていない。


「え、っと?」


「切原なんていうんだ?」


「切原赤也」


「男じゃねぇか!!!」


「そ、そうだけど…知らなかったの!?」


「だって洋子、切原の性別言ってねぇもん!」


「いや、言ってないけど話の内容で分からない!?」


格闘ゲームが好きだとか、焼き肉が好きだとか、部活の先輩にしごかれてて大変だとか。
他にも女の子ではありえないようなエピソードも聞かせたはずなのに、ミチルは私の友達を女だと思い込んでいたのか。


「うわーマジかよ…男だったのかー!俺、何回か一緒に遊ぶの許可したよな?」


「う、うん」


二年に上がりたての頃、切原が神奈川から東京に試合会場の下見へ来たことがあった。
そのとき下見ついでに会ったので、そのときに一回。
他にも東京に来るときには連絡を貰っていたのでデートを切り上げて会ったこともある。


「迂闊すぎるだろ、俺!銀華の策士の名が泣くぜ!」


そんな二つ名があったなど初耳だが、今はそれどころではない。


「べ、別に切原とはなにもないから大丈夫だよ?」


「はぁ?何言ってんの?洋子は何も思ってなくてもあっちは下心があるに決まってるだろ!」


「いや、ホントにないから」


「ないことなぁい!好みのタイプは可愛い子って言いまくってる俺が付き合ってるんだから洋子は可愛いの!だから絶対切原はそんな目で洋子を見てるはず!」


「か、考えすぎだよ…」


面と向かって可愛いと言われたせいで口元がにやける。
それを抑えながら言ってもミチルは聞いていない。


「くっそー、切原め!会ったらぶん殴ってやる!」


「それはホントにやめた方がいいよ」


別に喧嘩慣れしてるわけでもない、むしろ喧嘩なんかしたこともないミチルが戦って勝てる相手ではない。
逆に病院送りにされそうだ。


「洋子!」


「う、な、なに?」


物凄い形相で私にズイっと近寄ったミチルが言う。


「海、俺も行くぞ」


「え、えぇええ!?」


「なんだ。一緒に行ってほしかったんだろ?」


「そ、そりゃ一緒に行ってくれるのは嬉しいけど…」


なんとなく信用されていないような気がしないでもない。
本当に切原とはただの友達だ。


「洋子には俺のような素敵な男がいるってちゃんと示さなきゃなぁ」


本当に大丈夫だろうか。
突然お腹が痛くなったりしないだろうか。
ミチルは全然気が付いてないようだけど、私が前に通っていた学校はあの立海大付属なのだ。
テニスは全国区。それだけには留まらず、ありとあらゆるスポーツ界に名を馳せる立海大付属の名前をまさにテニスをやっている都大会ベスト4の学校の部長が知らないわけはないと思うが。


「ミチル、私が通ってたのって立海大付属だよ?」


「……へ、あ、あぁ、分かってるよ…」


そう言いながら目が泳いだのを私は見逃さなかった。


「立海大付属で、しかも切原はテニス部だから一緒に遊ぶ先輩達って要はミチルと同い年の全国プレイヤーだよ?大丈夫?」


「だ、大丈夫に決まってるだろ!」


そう言ってまたテレビに向かってしまった。
ポーズ画面を解いてまた色とりどりのスライムを積み重ねていく。
が、なんとなくおかしい。私でも分かるミスを繰り返している。
あ、またやった。


「洋子…」


「なに?」


「それって今から断れたりするの?」


「え、やだよ。もう行けるって言っちゃったし、一回約束破ったら切原うるさいんだもん」


「そ、そうか…。なんかすでに腹が痛くなってきたんだけど…」


「じゃあ、やっぱり私一人で行っ…」


「それはダメだ!」


思いっきりミスをして大きな声でミチルが言った。
それをきっかけに同じ様なミスを繰り返している。


「ミチル…」


「絶対に許さん!」


「分かったから。そうじゃなくてもう詰まるよ」


「あ…」


その途端、画面に表示されたのは“ばたんきゅー”の文字。
敵キャラが大きな笑い声を上げて決め台詞を言う。


「あーあ、負けちゃった」


「ま、負けてやったんだよ…」


「誰に恩を売ってるのさ」


こんてにゅーの文字が現れて、ミチルは迷うことなく“はい”を選んでいたけれど、前ほど嫌な気にはならない。
こっそり鞄に忍ばせていた雑誌を取り出すとミチルのベッドに横になってページを捲り始めた。
そこには最新の水着が載っている。
気になるものが載っているページの端を折って印を付けた。
後でミチルに選んでもらおう。


これは派手すぎるとか、露出が多すぎるとか、切原が男だと分かった途端に態度を豹変させて水着にも厳しくなったミチルだったけどこれも嫌な気はしない。
私の肌を自分以外の人に見せたくなくて、でも自慢したく葛藤しているのだと分かってしまえば全てが愛おしい。





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