「ここ、いいか?」


食べ始めた頃、そう声を掛けられた。


「はい、どうぞ」


そう返して顔を上げると相手が明からさまに嫌な顔をする。


「なんだ、木村かよ」


「なんだとはなんだ」


トレーを持って立っていたのは恵と同じ柔道部に所属する宮崎だった。


「別に。…ちっ、やっぱ別んとこ行こうかな」


ちょうどその時、真ん中辺りの席で歓声が上がる。
どうやら誰かの誕生日らしい。
祝福の言葉で一気に騒がしくなる。


「うっせーな…」


そちらを見た宮崎が嫌な顔を一層濃くする。
彼と同じ様に、他の学生も眉間に皺を寄せる者が見られた。


「ここが一番静かだと思うけど」


「…………しゃーねーか」


長い沈黙の後、諦めたように呟くと彼は私の斜め向かいへ座る。


「なんでそこ?」


向かいが空いているのだから向かいに座ればいい。
傍目から見ておかしいだろうに。


「なんでもいいだろ。お前と一緒だと飯がまずくなる」


「…じゃあ待ってなよ。私が食べ終わるまで」


そんな言い方をされれば当然私も腹が立つ。少し怒気を込めて言った。
宮崎と頻繁に会うわけではないが顔を合わせれば毎度こんな感じだ。
最初こそ悲しくなったりもしたが今はあるとしても怒りの感情しか沸かない。
かと言って別に嫌いなわけではない。
ただ口が悪いだけなのだろうと気付いているから。


「…お前、わざとか?」


私と一緒だとまずくなるなどと言いながら、宮崎は昼食を食べ始めていた。
その手を止めて彼は唐突にそんなことを言う。
脈絡のないその言葉を私が理解出来るはずもない。


「はぁ?なにが?」


「だから…なんつーか…誤解されるような…ことだよ」


歯切れの悪い言い方だ。
誤解されるようなこと、とはなんなのか。
宮崎と私の間には誤解されるようなことはなに一つない。
あるのは真実のみだ


「誤解されるようなことなんてなにもないと思うけど」


「そりゃ、大半の奴にはな。一人いんだろーが」


「………誰?」


「……あぁ…わざとじゃないのか?」


「だからなにが?全然話が見えないんだけど」


信じられないといった様子で宮崎が固まる。
途端、関を切ったように喋り出した。


「藤田だよ!藤田!!お前と飯喰ってたなんて知れたらタダじゃすまねぇーんだよ、こっちは!!」


「別に大丈夫だと…」


「大丈夫じゃねぇ!」


なんかあいつが不憫に思えてきた、と宮崎が渋い顔をする。
結構な声量で(主に宮崎が)話していたが、中央付近の騒ぎに比べれば大したことないらしく、こちらを見ているのは周りに座っている数人程度だ。


「ったく、だからお前と一緒は嫌なんだ…」


「………もしかして、飯がまずくなるって、それ?」


「あ?当たり前だろ。あいつに見つかったらと思うと…」


そこで言葉を切ると宮崎は大袈裟に震えてみせた。
思わず笑ってしまう。


「なぁんだ、そんなことか」


「そんなこととはなんだ、そんなこととは!!」


「子供じゃないんだから話せば分かるよ」


「木村、藤田と付き合ってどれくらいだ?」


「えーっと…二年くらい?」


「そんなに長いのか」


宮崎はそう言うが自分ではそんな気はしていない。
なにせ、その二年の内で一緒にいられたのは半分以下だろう。
たまにしか逢わないからか、喧嘩も皆無と言っていい。


名前で呼び合うことには慣れたが触れ合うことには慣れていない。
未だに手を取られると心臓が跳ねる。
それ以上のこととなるとまともに顔も見れなくなるほどだ。
二年の交際期間に似つかわしくないときめきを未だ感じれる辺り、新鮮でいいのかも知れない。


「二年も付き合ってるんだからあいつのこともっと分かってやれよ」


「分かってるつもりなんだけどなぁ…」


「いいや!分かってない!」


私の言葉を宮崎は直ぐさま否定してみせる。
それに言い返せるほど自惚れていない私は曖昧に笑って誤魔化した。
恵の全てを知っている、と言えるのが本来の姿なのかも知れない。
そう思いながらも笑って誤魔化したのは私自身がまだその域に達していないことに気付いているからだ。


私がまだ知り得ない恵の一面は数多くあるだろう。
そして、プライドの高い彼はその全てを見せてくれないだろう。
そういう観点でいけば、チームメイトである宮崎の方が彼を知っているかも知れない。
元は別の高校同士で争っていたのだから、違う目線から藤田恵という男を見れているはずだ。


「とにかく、お前はもっと自覚を持て」


「なんの?」


「藤田の女だっていう自覚だよ!」


そうは言われてもこれ以上自覚のしようがない。
変な誤解をされないように、特に理由もなく異性から連絡先を教えてほしいと言われても断っている。
大勢の飲み会はまだしも、合コンと思われる飲み会には参加していないし、女友達にもそれとなく彼氏がいて他の男性に興味がないことを示している。
私なりにそれなりの努力はしているのだ。
これ以上に一体どうしろというのか。


「…あいつ、お前が思ってるより嫉妬深いぞ」


「うっそだー」


「マジだっての」


宮崎の様子から彼がからかうつもりで言っているのではないと分かる。
それでもその言葉を鵜呑みには出来なかった。
なにせ、私は恵から束縛というものをされたことがない。


友人の中には相手に束縛されている子もいる。
ひっきりなしにメールを送ってきたり、酷い子は五分メールを返さなかっただけで着信があり、浮気を疑われていた。
その時は私が電話に出て事なきを得たがそれでも彼氏は完全には信用していなかったらしい。
周りにそれほど束縛されている子がいる中、私はいたって自由だ。
友人の中には私のことを羨む子がいるほどに。


そんなわけで、私には宮崎の言葉を信じることが出来なかった。
いや、半信半疑というのが正解だろう。
私は恵のことを全て知っているわけではないから、彼の言う通り、恵が嫉妬深いというのも知られざる一面である。


「そういえば、粉川くんにも言われたなー」


確か、長谷くんという立体大の子を柔道場に案内した時に恵が嫉妬していたとか言っていた。
ふと思い出して呟いた言葉に宮崎が反応する。
それは当然のものだ。
宮崎と粉川くんは高校の同級生であり、柔道部でチームメイトだったのだから。


「木村と巧って仲良かったか?」


「ううん。別に。この前、合同練習あったでしょ?あの時にちょっとあって、ね」


「合同練習…あぁ…」


思い出したらしく、宮崎は何度か頷いて昼食を口に運ぶ。
そしてまたなにか思い出したらしく顔を上げた。


「そういや、長谷を案内してやったんだって?」


「あぁ…うん、そう」


「あいつもエライやつに道聞いちまったもんだな」


彼の言葉に苛立つことはなかった。
いつもなら悪口に聞こえていただろうが、先ほど彼の物言いの真相を知ったからだ。
宮崎は言葉が足らない。
今の言葉も、私に対してというより、私を通した恵のことを言ってるのだ。
彼の言葉に付け加えるのなら「藤田の彼女に声を掛けるなんて」といったところか。
もっと違う言い方をされていれば私の宮崎に対する印象も変わっていたはずだ。


そういう経緯があって、私は彼を呼び捨てにしている。
初めて宮崎に会ったのは、浩司の文通相手を見に試合会場に行った時だった。
その時に浜名湖高校の面々と出会ったのだ。
当時はまだ彼を“宮崎くん”と呼んでいたし、恵のことは“藤田くん”だった。
それ以前に恵の方は私のことが分からなかったのだ。
あの頃は、まさか恵とこんな関係になるとは思っていなかったなぁ。


そんなことを考えていて、懐かしくなる。
関谷を通じて恵と話すようになったこと。
浩司に恵と付き合っていることを打ち明けたとき大層驚いていたこと。
デート中にこれまたデート中の粉川くんと近藤さんに出会って一悶着あったこと。
どれも懐かしい。
そして、どの思い出をとっても近くには恵がいた。


「……なに、ニヤニヤしてんだよ」


宮崎が怪訝な声で言った。
昔を思い出しているうちに頬が緩んでいたらしい。
慌てて引き締める。


「せめてニコニコって言ってくれない?」


「いや、ニヤニヤだ」


「昔のこと思い出してたんだからしょうがないでしょ」


「昔って…せいぜい二、三年くらい前だろ」


「そうなんだけど…」


なにか言おうと口を開いた宮崎がそれを閉じた。
その様子がどうも慌てているようで、私は首を捻る。
元々それほど大きくない背を縮めて他の生徒の影に隠れようとしているのだ。


「どうしたの?」


「しっ!…藤田だ」


「恵…?」


「バ…ッ!振り向くなよ!お前だってバレたらここに来んだろーが!」


振り向こうとした私にそう言うと宮崎はトレーを持って席を立つ。
もちろん、背は縮めたまま。
逆におかしい。


「じゃあな。バレないうちに移動するぜ。オレがいたって言うなよ」


そう言い残すと宮崎は人の後ろに隠れながら奥へ行く。
私達が喋っている間に空席が出来たようだ。
彼がそこへ腰を落ち着けるのを見て私は再び昼食を取り始めた。
こっそり後ろを見てみたが、恵は隅の席ですでに食べ始めている。
こちらに気付いた様子はない。
特に用事もないので、私はそのまま昼食を終えて食堂を後にした。






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