小さい頃の記憶。
毎日嫌な夢を見ていた。
どれだけ日中楽しく遊んで疲れていても、ジトッとした汗をかいて目が覚める。
最初はその夢の意味すら分からなかった。


ただ、目覚めたときに泣いていた。
とても悲しかったのだ。
夢の展開が、怖くて悲しかった。


夢の中で私は笑っていた。
笑って、誰かの背中を追いかけていた。
友達も、村のみんなもいて。
楽しく笑っていた。


それが瞬きをした瞬間、戦火に見舞われる。
周りを見渡しても誰もいない。
いや、村の人達が血を流して倒れていた。
さっきまで笑い合っていた人達が、そこに。


その中で私は追いかけていた背中を見つけた。
その人は私に何かを叫んでいて。
私はその人が生きていたことに安心しているのだ。
友達が、村の人が倒れているその地で安心していた。


私がその人に手を伸ばした時、その人は前のめりに倒れる。
その向こうに剣を振り下ろした人がいた。
その人は私を見ると口を醜く釣り上げる。
そしてその剣を私に。


「ヨウコ?」


いつの間にかエイリが隣にいて心配そうな顔をしていた。


「大丈夫ですか?辛そうですが」


「そう?…平気。なんでもない」


気持ちを落ち着かせる為に一つ深呼吸をする。
昔のことを思い出して動揺している場合ではない。
もうあの夢は長い間見ていない。
なにも心配することはないのだ。


国境の街。
先日帰還命令が出てリナスへ戻ったとはいえ、私は基本的にそこへ配属されている誓騎士だ。
女性で誓騎士。
前代未聞の快挙らしいが、そんなことを気にしたことはない。
私はいつだって対等に男共と渡り合ってきた。


「さて、そろそろ行くか」


「そうですね」


ユージュにエイリが頷いた。
そして私に目を向ける。


「なんて言いたいのか、顔に書いてあるわよ」


呆れた声を出せば、エイリが苦笑する。


「私は大丈夫だから。…ちょっと考え事してただけ」


「ならいいんですが」


それでもエイリの顔から心配の色は消えない。
過保護だと思う。
私はそんなにやわじゃない。
リナスから馬を走らせただけでへばったりはしない。


「私も誓騎士だよ」


「そうですね。すみません」


「いいけど…」


まるで私が誓騎士だというのを忘れていたかのような発言に苛立ちを覚える。
もう、慣れたと思ったんだけどな。


「説明がめんどうだな…」


「めんどくさい人なの?」


私達が目指しているのはアンセクター。
国境の街に近い為、私も何度か訪れている。
そこに住まう、“隠者”というのを保護するためにこうして馬を走らせている。


都で、どうも不穏な動きがある。
その動きを更に加速させる可能性がある“隠者”を保護しろ、と先日評議会が決定した。
“隠者”と接触したことがあるユージュとエイリ。
そして近辺のことに詳しい私がその役目を授かった。


「めんどくさいっていうより、一筋縄じゃいかないんだよ」


「ふーん」


どうせ、その“隠者”とやらを説得するのは私の役目ではない。
私の仕事はあくまで護衛。
完全に説得やらなんやらは他人事だ。


「いざとなったら、ヨウコでもけしかけるか」


「…………なんで?」


ユージュの言葉に私の思考が停止した。
けしかける、というのはどういう意味だろうか。
理解したくもないが。


「隠者殿は女に甘いようなんでな」


でもそれは最後の手段だ。
そう言って、またユージュは悩み始めた。
が、その内、頭を振って勢いよく、


「まぁ、なるようになるだろう!」


「そんなことでいいんですか?」


「いいんだよ。隠者殿だって分かってくれるさ」


「だといいんですけど…」


日が陰ってきた。
もうすぐ闇に包まれるだろう。
その時、ちょうどアンセクターが見えた。


「着いたね」


「ヨウコ、隠者殿は…」


「知ってるよ。森の中でしょ」


エイリの言葉を遮って、アンセクターから森へ目をやった。
何度かアンセクターへは来たことがある。
そこで、“隠者”の噂は聞いたことがあった。
大層変わり者で森の中に住んでいると。
幸か不幸かその姿を見たことはない。


「このまま行くの?」


「あぁ、闇に紛れて打たれるかも知れないからな」


「あ、そ」


「彼がそんな玉ですかね…」


確かに森の闇は濃い。
木々が生い茂っているから月光も頼りにならない。
もし私が暗殺者なら、それを利用しない手はないだろう。


「急ぐ?」


「いや。軍部の情報が漏れているとも思えないしな」


「そう」


なんとなく、嫌な予感がしていた。






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