目が覚めたとき、そこは知らない部屋だった。


「……ここどこ…?ッ…頭痛い…!」


気合を入れて上半身を起こし、気だるい体を無理やりベッドから移動させて窓へ行く。
日が昇り、街はすでに目覚めていた。


「あ!仕ご…と…」


慌てて動こうとしたためだろうか、またもや頭痛の波が押し寄せる。
窓際に座り込み頭を抱えた。
二日酔いであることは明白だ。
そして、頭痛に耐えながら今日が休みであることを思い出した。
確か昨日はカークの代わりに麻薬密売人を逮捕する役をやっていて…。


自分の格好を見ると昨日の服のまま。
クリスマスパーティ会場の中で物の受け渡しとは面倒なことをしてくれたものだ。
まぁ、後は他の誓騎士達がやってくれるだろう。
それよりもここはどこだ…?


「なんだ、起きたのか」


ドアのところに男の人が立っていた。
白衣を肩にかけ、眼鏡越しにこちらを見ている。


「えーっと…」


「ひどい顔だな」


失礼な男だ。
彼の言いたいことは分かる。
きっとむくんでいるのだろう。
それにこの頭痛だ。
ひどい顔をしているはず。
男はベッド脇に置いてあった水差しからコップに水を注ぐ。


「ほら」


そう言って私にそれを差し出した。
礼を言って受け取って、それを流し込む。
喉を流れる水が心地よい。
空になったコップを男に渡すと二杯目が注がれた。


「これも飲んどけ」


「なにこれ」


渡されたのは小さいな紙。
それになにかが包まれている。
粉上のなにかが…。
この形状は見たことがある。


「薬?」


「頭痛薬だ」


なんと親切なことだろうか。
そう思ったもののはたと気付く。


「苦い?」


「多少はな。なんだ?」


「苦いの苦手なんだよね…」


「空腹時に飲んでもいいようにしてやったんだ。文句言うな」


「あなたが作ったの?」


渡された薬をまじまじと見る。
そして彼の姿を見て納得する。
白衣を着ていることと薬を調合してくれたことから察するに彼は調合師か。


「いらないなら飲まなくていい」


「飲む飲む。飲みます。いただきます」


全く可愛げのない男だ。
慌てて私は返事をして、包み紙を開けた。
そしてそれを口に入れると水で流し込む。
一瞬苦味が広がって、それを流すようにもう一度水を飲んだ。


「っあー…」


「オヤジか…」


「なんでもいいでしょー。でもありがとう」


「………あぁ」


「ところで…あなた誰?」


「…………………」


私の言葉に男は固まった。
長い沈黙の後、これまた長い溜息を吐く。


「本当になにも覚えてないのか?」


「うん。綺麗さっぱりなにもかも」


「どこまで覚えてるんだ?」


「えーっと、ワイアットからボトルを奪ってそれを呑んで、なんやかんやあって…」


それからそれから。
少しずつ、おぼろげだが記憶が戻っていく。
カークを見つけて、その婚約者に挨拶して。
それから…。
そこから後の記憶がない。


「なんで覚えていないんだ…」


「えーっと私なにかした?」


「なにもなければお前はここにいない」


「え…本当に?」


「あぁ」


「ど、どうしよう…。結婚してる?」


「…………なんの話だ?」


「いや、奥さんいたらまずいっしょ。不倫は文化とも思えないし」


「だからどういうことだ?」


「こ、こ、子供とか出来たらまずいし…」


「…そういうことか」


何かを納得した彼は近くにあったイスを引いてそこに腰掛けた。


「言っておくが、俺とお前の間にはなにもないぞ」


「え?そうなの?なら早く言ってよ」


「知るか。お前が早とちりしただけだ」


「心配して損した」


「でもそれ以外のことならされた」


それはそれで聞くのが怖い気もする。
酔っ払っているときの私がひどいのは周知の事実だ。
当然、私自身も知っている。
なにをしでかすか、自分でも分からない。
それでも聞かないわけにはいかない。


「なにしたの?私」


「まず、無理やり俺を引っ張って、宿とは反対の方向へ歩かせた」


「そ、それで…」


「宿に帰ると言えば、自分も行くと言い張って駄々をこねた」


「それから…?」


「仕方なく宿に連れて帰ってきたら、ベッドを占領して爆睡した」


それきり彼は黙りこむ。


「そ、それだけ?」


「“それだけ”とはどういうことだ。俺は大層迷惑したんだが」


「いや、もっと取り返しのつかないようなことをしなかったかと思って…」


「例えば…?」


「昔のことだけど、同僚を殴り飛ばした」


それにしてもよかった。
なんかやけになってた覚えはある。
だからもしかすると彼をベッドに押し倒したりしていないか不安だったのだ。
だが、それもないようで安心安心。


過去、酔っ払って色々なことをしでかした。
仕事に支障をきたすようなもので言えば、誓騎士の証として渡される誓剣を投げ捨てたことだ。
あの時は、善良な市民のおかげで軍部へ届けられたが、今度なくしたらタダじゃ…。


「あ!」


「な、なんだ!」


自分で大きな声を出したのだが、それすら頭に響く。
固く目を瞑ってひたすら耐えた。
落ち着いてから、腰の辺りをまさぐる。
やっぱりない。


「誓剣がない…」


「誓剣…あぁ、あれか。あれならあそこだ」


そういって彼が指差した先。
部屋の角に立てかけてあるのはまさしく誓剣。
地面は這うようにしてそこまで移動してそれを手に取る。
よかった。無事だった。


「ありがとう。またこれなくしたら閣下に本気で怒られるところだった…」


「“また”?」


「うん。前もやったんだよね」


確かあれは休暇申請が却下され続けてやけ酒に溺れたときだ。
こんなもの〜!と叫んで水路に誓剣を投げ捨てた。
その後、部屋に戻り起床した私は顔面蒼白になったのだが。
あのときを思い出して少し体温が下がる。


「お前みたいなのが国境警備の誓騎士だと思うと不安になるな…」


「これでも優秀な方なんだけどなーって、なんで知ってるの?」


「昨日自分で言ってたぞ」


「……覚えてない」


これは後日誰かに聞いておいた方がいいかも知れない。
自分の記憶がないというのは不安だ。
なにをしでかしているか分からない。
自分でむなしくなるのだけれど。


「まぁ、国境だし、都の人には関係ないよ」


「俺は普段ここにはいない」


「え、そうなの?」


「あぁ、アンセクターにいるからな」


「そうなんだー。私と一緒だね」


「お前は国境だろ」


「そうだけど。普段ここにはいないって点では一緒でしょ?」


「そんな奴はもっといるだろ」


「ロマンがないなー」


そう言って私は剣を持ったままベッドに這い上がる。
ベッド脇に剣を立て掛けて、布団を被る。
まだ僅かに暖かい。


「おい、待て。なにする気だ」


「寝るんだけど?」


「ここは俺がとった部屋だぞ」


「いいじゃん、別に」


「良くない。帰れ」


「だってここ落ち着くんだもん」


「お前は馬鹿か」


「馬鹿で結構、コケコッコー」


「アホなこと言ってないで起きろ」


「いやー」


更に深く布団を被る。
溜息が聞こえて、私は首を出した。


「ねぇ」


「なんだ」


「寝にくいから剣外してくれたの?」


「…付けたままがよかったのか?」


「ううん。あれ付けたままだと腰とか腕とか痛いんだよね」


「そのまま寝たことあるのか…」


「酔っ払って…」


えへへと笑うと彼はまた溜息を吐いた。


「溜息吐くと幸せ逃げるらしいよ?」


「うるさい。誰のせいだ」


なんとなく、この人のことが分かった気がする。
なんだかんだ文句は言うけど、人はいいようだ。
薬だってわざわざ調合してくれたらしいし、ベッドだって貸してくれた。
今も無理やり私を追い出すことは出来るのに、それをしようとしない。


「ねぇ」


「今度は何だ」


「ありがとう」


「さっさと寝て、さっさと起きて、さっさと帰れ」


「はーい」


そう言うと私は目を閉じた。






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