今日はクリスマス。
いつもなら早く閉まる店も今日はその限りではない。
仕事の都合で行けないお店に行くチャンスは今日しかないというのに!


「いやぁ、お疲れ様。ヨウコ」


拍手をしてそこに現れたのは青髪の男。
にこにこと笑みを作っている。


「なぁにが“お疲れ様だ”!」


噛み付くようにそういうとワイアットは肩をすくめた。
そして、腰にぶら下げていたボトルを手に中身を口に流し込む。
この野郎、人が好きでもない男とキスしてる間に酒盛りしてやがった!
ボトルを持つ手とは違う手で差し出された私の誓剣を腰に巻き付ける為に奪い取った。
やはり腰のこの重みがあると落ち着く。


「でもこの仕事をこなせるのはヨウコだけだからさ」


「女装しろ」


「無茶言うなよ…」


確かに、日ごろの訓練で鍛えられた男連中に女装など出来るはずがない。
したとしてもそれは滑稽でこう上手く事が運ぶこともないだろう。
ワイアットに近付いて、私はボトルを取り上げた。


「あっ!」


声を上げた彼を無視してそれを流し込む。
思ったよりキツイ酒だ。
一瞬眩暈を感じたが眉間に皺を寄せて耐えた。
少しぼーっとする。


「だいたい!今日の私は非番だったんだぞ!」


酒を摂取したからだろうか、一気に怒りが爆発した。
そう、元はと言えばあの男が悪い。
今ごろ、例の婚約者と一緒にいるであろうあの…。


そのとき、街中からこちらを見ている人がいた。
今、まさに思い出していた彼だ。
傍らには例の婚約者。


「カーク!」


私がそう叫ぶと男が慌てて顔を逸らした。
知らないふりをするつもりかも知れないが長年見慣れたその姿を間違えるはずがない。


「なに?知り合い?」


婚約者がカークの袖を引っ張っている。
対するカークのしどろもどろな態度がここからでもよく分かる。


「諦めた方がいいのに…」


路地を塞いでいた騎士の一人、エイリが呟いた。


「なにがあってもお前のせいだからな、ワイアット」


「なんで俺のせいなのかな?ユージュ」


「お前が酒を与えるからだ」


「ヨウコが奪い取ったんだよ」


「ヨウコの酒癖は悪いですからね」


「エイリ、なんかあったらお前が止めろよ」


「嫌です」


そんな同僚の会話を無視して、私はカークを睨んだ。
その内、観念したのか肩を落としてこちらへ近付いてくる。


「やぁ、メリアノ。今日はいい夜だね」


ワイアットがメリアノに笑顔を向けている。
それを見たカークの眉間に皺が寄った。


「あぁ、本当にいい夜だこと」


怒りを込めた声を吐き出せば、カークがこちらに視線を向けた。


「ヨウコ…そのすまない」


「絶対埋め合わせはしてもらうからそのつもりで」


「え、なに?」


ワイアットのナンパを無視してカークの婚約者が会話に参加する。


「この人が婚約者?」


「あぁ、メリアノだ。メリアノ、こっちは同僚のヨウコ」


「初めまして」


「初めまして…。誓騎士って女の人もいるんだ」


「私だけよ」


「その割にはみんな女の人に飢えてるみたいなんだけど…」


「飢えてるって…。まぁ、私は普段はこっちにいないから」


ぐいっとボトルから酒を呑む。
冷えた体が温まるようだ。
今の私は騎士の服ではない。
肩を出したイブニングドレス。
正直言って寒い。


「いないんですか?」


「普段は国境の街配属なの」


「へー」


品定めをするようにメリアノを見る。
綺麗な人だ。
これはうちの騎士達が骨抜きになるのも分かる。
私も男だったら口説きにかかっているだろう。


「ヨウコ、失礼だぞ」


カークが私を射抜くように見て言った。


「ヨウコの代わりに謝る。悪気はないんだ」


「え、う、うん」


「なによー。綺麗だなって思ってただけなのに」


「それならそれなりの見方ってものがあるだろう」


彼女のこととなると、いつもカークは変わる。
普段は仕事命の仕事魔なのに。


「あんたが私に麻薬の密売人を取り締まる仕事を押し付けるからよ」


「そ、それは…すまない」


クリスマスを好きな人と過ごしたい。
その気持ちは私も分かる。
そんな人がいたわけではないから想像の域を脱しないが、よく兵士達がそんなことを言っているのだ。
だから彼の気持ちも想像の範ちゅうだが分かる。


「なんか埋め合わせさせるって言ってるでしょ!」


「なにを怒ってるんだ?」


「怒ってない!」


怒ってなどいない。
少しイライラしているだけだ。
…なにに対してかは分からないけど。


「嫉妬してるんですよ」


エイリがくすくす笑いながら言う。
一体私がなにに嫉妬しているというのだ。
別にカークはただの同僚で…。


「お前何年も恋愛なんてしてないもんな」


慰めるようにユージュは私の頭に手を置く。
つまり、私は幸せそうな二人に嫉妬してる、というのか。
そんなつもりはない。
そう言いたかったが、言い返せない自分もいる。


確かにここ最近、恋愛をした覚えがない。
いくら条約を結んだとはいえ、カラッソとの状況はあまり変わっていない。
一年前も侵略があった。
カラッソの中でも意見が食い違っているようなのでそれがカラッソの意見というわけではないのだろうが。


国境の警備をしている私からすれば、早く落ち着いてほしい。
あの地には長い間いる。
それなりに愛着もある。
だからこそ、真っ先に戦火に巻き込まれるあそこを放っておけないのだ。
そのおかげで恋愛とも縁遠いのだけれど。


「良い男、降ってこーい!」


空に向けて両手を差し出したもののサンタさんがそんなものをくれるとは思えない。
本当に落ちていればいいのに。
もう一口、酒を呑む。
だんだんとふらふらし始めた気がするが気のせいだろう。


「ヨウコ?」


「先ほどからなにを呑んでるんですか?」


「……わかんない」


「ワイアット、あれにはなにが入っている?」


「…ウォッカ」


「なんてものを公務中に…。ヨウコ、大丈夫ですか?」


「…うん」


半分ほどあったボトルの中身はいつの間にカラになっていた。
それをワイアットに返す。


「中身がないんだけど」


「なくなったから返した」


「仕事中に…。ワイアット、なにを考えているんだ…」


「だいたいカークが!」


「分かった分かった」


もう自分でなにを言っているか分からない。
私に対するカークの態度が適当なのは分かる。


「こうなったらやけだ…」


「ヨウコ?」


呟いた私をエイリが心配そうに見る。
それを無視して私は辺りを見回した。


「適当に男を捕まえよう」


「おいおい…」


「ここにいっぱいいるんだけどな」


ユージュの呆れた声もワイアットの言葉も無視した。
職場恋愛なんてごめんだ。
だから、視界の隅で兵士が期待に満ちた目をしているのも無視する。
キョロキョロとしている内に知らない顔を見つけた。
エイリやユージュの後ろにいるその人は私と目が合うと一瞬ぎょっとする。


「みーつっけた!」


エイリとユージュの間をすり抜けて私はその人の手を取る。
そして輪の中に引きずり込んだ。


「見る目あるわね、この子」
「隠れてたのに見つけちゃうんだもん」


「あ!」


「なぜここに隠者殿が…」


「なにしてるの?アンテロープ」


「仕事だ」


「この後のご予定は?」


「帰るだけだ」


アンテロープと呼ばれた人がそう答えて、はっと私を見る。


「言っちまったな…」


「迂闊な発言をしないようにって言うつもりだったんですけど…手遅れですね」


「どういうことだ」


むすっとした顔でアンテロープが騎士達を見る。


「全く羨ましいね」


「それ本心か?」


「どういう意味かな、ユージュ」


「いや…別に…」


ワイアットとユージュのやりとりを余所に私はその人の腕に自分のそれを絡める。


「隠者殿、途中で撒いて逃げた方がいい」


カークが眉間を押さえて言う。
頭が痛いのだろう。
その原因は私なんだろうけど。


「なにかあるのか?」


「こういう表現は本来当てはまらないんだけど、隠者殿が襲われそうだからね」


「襲われる?」


腕を絡めたままにこにこしている私を見下ろした彼は解せないと言った様子で眉間に皺を寄せる。


「それって普通は逆じゃないの?」


首を傾げてメリアノが言う。


「“普通”はな」


「ヨウコはまぁ…」


「普通じゃないからな。…エイリ、言い淀まなくてもいいだろ」


「ユージュははっきり言いすぎだと思いますけど」


「どっちも失礼!」


大きな声でそう言えば、二人がぐっと押し黙る。


「完全に悪酔いしてると思うんだが…」


「そうですね」


黙ったように思えたのは一瞬で二人はまたこそこそと話しを始める。


「もう、うるさいうるさい。早く行きましょう」


そう言って私は絡めた腕を引っ張った。


「なんでお前を連れて行く必要があるんだ?」


彼は私を引き剥がそうとするが、私とて誓騎士の一員。
伊達に鍛えてはいない。
その内、彼は諦めた。
が、それは私の腕を剥がすという行為に限り、だ。


「理由なんてどうでもいいの!」


「よくない」


「もう決めたんです!」


「許可してない」


「行くんです!」


「行かない」


私の発言全てを否定して彼はそっぽを向く。
その様子に周りが溜息を吐いた。


「こうなったら言うこと聞きませんよ」


「カークの言う通り、どこかで撒いて逃げた方がいいぞ」


こそこそと話していたエイリとユージュがそう言うも、彼はその場から動こうとしない。


「もういいです!分かりました!」


私は強引に彼を引っ張って足を進める。
メリアノと彼以外はまた溜息を吐いた。


「なにが分かったんだ!?」


「無理やり連れて行けばいいんです!」


「お、おい」


騎士達に助けを求めている彼を私は引きずるようにその場を後にした。






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