部屋の窓際で月を肴にグラスを傾けていたヨシュアが私の気配を察してこちらを向く。
指先でこっちに来いと呼ばれたので大人しく従った。
近付けば彼が手を広げて迎えてくれたので引き寄せられるようにその中に納まる。
「見てみろ、今日は月が綺麗だ」
「…うん」
促されたものの私の視線はヨシュアの引き締まった身体に注がれている。
「なんだ?俺の体なんか見ててもしょうがないだろ」
「うん」
「即答か」
「ヨシュアの体は好きだよ」
「……肯定されても否定されても嫌なもんだな」
「嫌なの?」
「嫌っていうより他の奴と比べられてる気がしてな」
苦虫を噛み潰したような顔をしたヨシュアに笑いを零すと、彼も笑顔になる。
背中に回した手に力を入れれば、グラスを持っているのとは反対の手で彼も抱きしめてくれる。
私が苦しくないように調節された力に愛を感じた。
「ねぇ…」
「ん」
普段は一切考えていないこともふとしたことをきっかけに考えてしまうもので。
私の脳内は今やそれに支配されていた。
聞くのが怖いような、それでも聞きたいような。
「もし、もしだよ」
「あぁ」
私の微妙な変化に気が付いたヨシュアがグラスをコトリと窓辺に置く。
そんなことが嬉しくてまた笑顔になる。
これからする質問には不釣り合いな笑顔。
「私が国に牙をむいたらどうする?」
「………どういうことだ?」
「例えば…なにか国にとってよくない犯罪を犯したら、どうする?」
「なんでまたそんな…」
彼は真面目な人だ。
それはもう、次期将軍と言われている赤髪の男よりも。
普段の服装や言動からは分かりにくいが、任務に対しては忠実だ。
軍人としてこれ以上ないほど忠誠心なのだろうけど、時々不安になる。
仮に、私を殺せと命令されたら…。
答えは半ば出ていた。きっと彼は私を殺す。
戸惑いもなく、彼の剣は振り下ろされる。
その後は悲しむこともないだろう。
気を緩めたら泣いてしまいそうなその想像もあながち外れていないと思えるくらいにはなった。
初めは全く理解出来なかった彼のこともそれくらいには理解出来ている。
それでも聞いてしまったのは明確な答えが欲しいから。
「ヨウコは、俺がどうすると思う?」
「……多分、私を殺す」
私の言葉を受け取った彼は、僅かに眉を上げると物騒だなと笑う。
「残念だが、それは外れだ。殺しはしない」
「じゃあ…?」
「捕まえて裁判に掛ける。それが俺の仕事だ。相手が例えお前でも俺はそうする。分かるだろ?」
私はそれに頷いて見せる。
確かに彼が私を庇うことはないだろう。
「非情だと思うか?」
今度は首を横に振る。こういう人だから惚れたのだ。
彼は私の様子に一つ笑って見せると、再びグラスを傾け始めた。
「信用、してるから」
「そりゃ嬉しいが、信用って?」
「ヨシュアは間違えない」
「いくらなんでも、それは買被り過ぎだ」
「他の人がどうかなんて知らない。けど、私には間違ったことをするヨシュアなんて想像できない」
そう、彼は慎重だ。
なんの決断をするにしても、石橋を叩くどころか隅々まで調べてから渡るタイプである。
彼が私を裁くというのなら、私がそれ相応ことをしたということだ。
それならば、当然私は間違えたことをしたのだし、裁かれるべきだと私も思う。
同情や情けで裁かれないなんて国民も納得出来ないだろう。
「間違ったことねぇ…。あいつらに言わせりゃ、現在進行形で間違ってるらしいがな」
「あいつら?誓騎士のみんなのこと?」
「あぁ、俺とお前のことで」
「それなら気にする必要ないよ。妬んでるだけだから」
誓騎士たちと仲が良いわけではない。
それでも一度ほとんどの誓騎士と顔を合わせたことはある。
彼らに言わせれば私と彼の歳の差は犯罪らしく、青い髪の男は自分の方がふさわしいとのたまった。
確かに、歳の差はあるとは思う。
しかしそんなことは関係なくこの人に惚れてしまったのだ。
「私達より、あの調合師と人読み師の方が離れてるから大丈夫」
「調合師って、あぁ、隠者殿か」
「そう。あっちは十一歳差、こっちは十歳差」
「………あんまり変わらない気がするんだが…」
「一歳でもあっちの方が離れてる」
「そりゃそうなんだがな…。俺が二十歳のときにお前はようやく十歳だろ。そう考えるとな」
「そういう風に考えなければいい」
「いやまぁ…」
濁した言葉を笑いでかき消してヨシュアは続ける。
「お前には敵わないよ」
彼の胸に頬を擦り寄せれば彼の手が私の髪を梳く。
トクントクンと聞こえるのは彼の心音。
力強い心音。
そこでようやく私は窓の外を見た。
あぁ、月が綺麗だ。