任務を終えた私は脇目も振らずに彼の執務室へ向かう。
同僚達が「おかえり」と声を掛けてくれるが私は足を止めることなく「ただいまっ」と言って進む。
いつものことなので彼らは苦い顔一つしない。
中には言伝をしてくる奴がいるくらいだ。


ツカツカと歩いてようやく彼の執務室。
ノックをして開けようか、それともいつも通り突然開けようか。
あまり考えているわけにもいかない。
誓騎士は皆、気配に敏感だ。


結局私はいつも通りノックをせずに開けることにした。
ドアノブに手を掛けてゆっくり捻ると一気にそれを押す。


「コールマン!帰ったよ!!」


勢いよく扉を開けるとそこにはコールマンと知らない女の人がいた。
彼らは一斉に私を見る。
女の人は大きく目を見開いていた。驚いているようだ。
自分の視界が一気に滲む。


「コールマン…私というものがありながら…」


「ヨウコ…なんで…」


「なんでって…帰ってきたらいけないの?任務終わったのに…」


国境の街にて人探し。
本当はもっと早く終わらせるつもりだった。
結局探していた人は見つからず、期限切れで帰って来たんだけど。
まさかこんな現実を突き付けられるとは…。


「こんなことなら無理やり任務放って帰ってくればよかった…」


ポロポロと頬を伝う涙。
悔しくて、悲しくて後から後から零れ落ちる。


「えーっと?」


「あぁ…。こいつは誓騎士のヨウコ」


「女の人いたんだ…」


「俺たちはあんまり女って意識したことないけど」


「そうなの?」


「ひどい!」


カークやエイリやワイアットやユージュやリックスになら言われもいい。
むしろ女である必要はそこにはないからいい。
っていうか、その方がありがたい。
でも、コールマン相手なら別だ。


「他の奴らはどうでもいいけど、コールマンだけには女として見られたいのに!」


「はいはい」


「適当な返事しないでよ!この浮気者!」


悔しさも悲しさも今や怒りに変わっていた。
私というものがありながら浮気なんてひどい!
誓騎士のすることとは思えない!
閣下に直訴してやる!


「コールマンさんって…」


「そんな目すんな。こいつとはなんでもない」


「“なんでもない”!?なんてこと言うの!」


「それはちょっとひどいと思うよ…私も」


「だから違うって!」


「コールマンがひどいー!」


「何事だ?」


そのとき、扉からカークが顔を覗かせた。
私はすぐさまその後ろに隠れる。
彼の体は大きいから、完全にとまではいかなくてもそこそこ見えなくなっただろう。


「カーク。ひどいの!」


「なにがだ?」


「コールマンが浮気してるの!」


私の言葉を聞いたカークはジトっとコールマンを睨む。


「言ってはおくが俺はなにもしてないぞ!」


「本当か?メリアノ」


「ん?うん。私とコールマンさんのことだよね?」


「他に誰がいるんだ…」


呆れたように溜息を吐いたカークは私の襟首を掴むとポイっとコールマンがいる方向へ放った。
そのせいで私とコールマンは真正面から対峙することになる。


「よく話し合え」


「浮気者となんか話すことはありません!」


「浮気じゃない!っていうかそもそも俺とお前は付き合ってないだろ」


「…!なんでそんなこと言うの!?」


信じられないと泣き叫べば、カークが眉間を押さえた。
メリアノと呼ばれた女の人が小首を傾げている。


「カーク、一体どういうこと?」


「彼女はヨウコ」


「それは聞いた」


「コールマンを溺愛している誓騎士だ」


「違うよ!」


カークの言葉を否定する。
その際、キッときつめに睨んでおくことも忘れない。


「…じゃあなんだ?」


「コールマンに心を捧げてる健気な女の子!」


「……だそうだ」


「そ、そう…」


「っていうか、心だけじゃないよ!お望みとあらば身も捧げるよ!さぁ!」


「いらん!」


「ひどーい!」


付き合ってられない、とカークが首を振る。
部屋の入り口にはいつの間にかギャラリーがいた。
誓騎士ではない、見回りの一般兵だ。
カークと同じく何事かと見に来たのか、それともただの野次馬か。

「お前達も仕事に戻れ。いつものアレだ」


「りょ、了解しました。ヨウコ殿が帰ってきたということでよろしいですね」


「どういう了解の仕方よ!」


噛み付く勢いでそう言えば、部屋の外の兵士が散った。
カークがまた溜息を吐く。


「ヨウコ、そう威嚇するな」


「してない!」


「してる」


「してなーいー!」


「……とにかく、ヨウコ。もう少し静かにしろ」


「私は静かだもん!」


「どこがだ。このままだとワイアットが来るぞ」


ワイアット、その名前に私は反応した。
出来れば会いたくない。一生。
本気ではないと思うが彼は私を見ると口説いてくるのだ。
そんな時間があるならば、私がコールマンを口説くというのに。
全くもって時間の無駄である。


「落ち着いたか?」


「うん」


「どんな落ち着かせ方よ…」


「こいつにはこれが一番効くんだ」


「違う。一番はコールマン」


「…そうだな」


「今、面倒だから同意したでしょ」


「よくわかったな」


カークとメリアノって人がこそこそと話をしている。
そんなカークに口を尖らせて見せれば彼は一つ咳払いをした。


「とにかく、もう少し静かに頼む」


「でも、コールマンは浮気したんだよ?」


「だから、浮気じゃないと何度言えば…」


「ヨウコ、彼女はメリアノ」


コールマンの台詞を遮ったカークの紹介に、彼女・メリアノは頭を下げた。
私も社交辞令的に頭を下げる。


「カシュー議員のことは知っているな?」


「うん」


確か、魔女の孫を自分の傘下に入れて絶対的権力を握ろうとしたとかなんとか。
その辺のことはよくわからないがとにかく、大事件かつデリケートな事件らしい。
その担当になった騎士は可哀想だな。
どうせおじさま方だろうけど。


「彼女はその孫だ」


「…魔女・ペリテの?」


「あぁ」


つまり、当事者というわけか。
これで彼女がこの軍部にいる理由は分かった。
ただ、なぜコールマンの執務室にいるのかは全く分からない。


「なんでコールマンの執務室?」


「聞いてないのか?」


「…なにを?」


二人が付き合っているなどという言葉が出たなら、ワイアットが来ようが閣下が来ようが嵐が来ようが泣き叫ぶ自信がある。


「コールマンはその事件の担当だ」


「………えぇぇええぇええぇ!」


「ワイアット」


カークの言葉に私は慌てて口を塞いだ。
まるで呪文ねーっとメリアノが呟いた。
指の間から呼気を漏らして、私はコールマンを見る。


「そうなの?」


くぐもった声が出た。
当然だ。口を塞いでいるから。


「あぁ」


「とはいっても、もう事件は終息に向かっている」


「私がいない間に…」


自分だけ蚊帳の外だったことに私は文字通り肩を落とした。


「それで彼女には最後のチェックをしてもらってたんだ」


「最後のチェック?」


「彼女の証言が鍵だからな」


「へぇー」


証言の最終チェックね。
カークの説明に納得して頷くとコールマンが疲れた溜息を吐いた。
さきほどから、二人とも溜息を吐きすぎだと思う。


「悪いんだが、仕切り直しでいいか?」


私にではない。メリアノにコールマンはそう言った。


「あ、はい」


「また、ヨウコがいないときにでもしよう」


「ずっといるよ!」


「いなくていい」


「ひどい…」


またもや視界が滲む。
カークが私の頭に手を乗せた。


「仕事だ。邪魔してやるな」


「はい…」


メリアノとカークが先に部屋を出る。
その後に続くように、とはいっても私の足取りは重いので私が部屋から出たときには二人は数メートル向こうを歩いていたのだが。


「おい」


コールマンが私を呼び止めた。
きっと怒られるんだろうな。
邪魔しちゃったし。
きっとこの事件を取り扱うのに気を遣ったはずだ。


「なに?もう邪魔しないよ」


「そうじゃなくて…」


言い淀むコールマンをじっと見る。
しばらく視線を泳がせて、彼は意を決したように私を見た。


「お、おかえり」


自分の耳が信じられなかった。
コールマンは今なんて言った?
「おかえり」?
おかえりって言った気がする。
聞き間違いじゃないだろうか。


「あんまり聞こえなかったからもう一回言って…?」


「何度も言わせるな」


「だからあと一回だけ!」


「…………おかえり」


渋々彼はそう言った。
消え入るような小さな声だったが、今度はちゃんと聞こえた。
彼がそう言った途端、私は彼の執務室の窓を全開にして叫んだ。


「コールマンが“おかえり”って言ってくれたー!!!」


「恥ずかしいことすんな!馬鹿!」


開けたときと同じ速度で窓を閉めてコールマンを見る。
僅かに頬が赤い気がする。
あぁ、やっぱり大好きだ。


「ねぇねぇ、次は“ヨウコ、愛してる”って言って?」


「調子に乗るな。もう絶対言わない」


「えぇ〜!」


「うるさい。俺は仕事するからあんたも早く戻れよ」


「もうちょっとだけー!」


「帰れ!」


そう言って閉め出されてしまったが私の頬はこれ以上にないまでに緩んでいた。






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