あの村にいた期間は決して長くない。
一か月ほどしかいなかったはずだ。
戦争から逃げて、私は彼の地を訪れた。
薬屋で世話になりながら、十三の誕生日をその地で迎えた。
師匠もその頃、あの村に来た。
ちょうどその時期から私はあの夢を見るようになった。
そのことを師匠に相談して、私は一時期だけ弟子入りしたのだ。
「師匠の嘘つき!」
「なんのことだい?」
「私が初めての弟子って言ったのに!」
「ヨウコはちゃんとした弟子ではなかったからね」
「どっちかって言うと手伝いだったし」
「なんか修羅場にいるような会話に聞こえるんだが…」
「カークもか?珍しく意見が合うな。俺もだ」
施設内の食堂で私達は話していた。
あのまま外で話していてはなにごとかと思われてしまう。
ただでさえ誓騎士が五人もそろっているのだ。
余計な不安感を煽る必要はない。
「それにしても、ヨウコは誓騎士になっていたんだね」
「はい…」
「大したものだ。私の言うことも聞かずに」
「うっ…」
「なんか覚えのある台詞」
「ユージュも言われてたもんね。マクミリアンさんに」
「これしか方法がなかったんです」
「まあ、お前の人生だからいいけどね」
「その割には棘のある言い方ですね、師匠」
「アニー、耳を診てもらいなさい」
「師匠は足腰ですね!」
「それにしても、アニーが占い師…」
「人読み師!」
人読み師とは、人の内実を読む者のことを言い、昔は都で資産家の相談を受けていたりしたらしい。
もう、都に人読み師はいない。
とてもじゃないが、アニーには出来そうにないものだ。
「ちゃんと出来るの?」
「一人前だもん!」
「ダメですよ、師匠。こんなの一人前にしちゃ」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味」
キーっと怒っているアニーが十年前と変わらなくて思わず笑みが零れる。
ふと静かなのが気になった。
メリアノだ。
いつもならアニーと同じ反応をするはずなのに。
「メリアノ?」
「あ、なに?」
「いや、静かだなーと思って」
「ヨウコ姉、死んだと思ってたから…」
「は!?」
メリアノの口から思わぬ言葉が出てイスから落ちそうになる。
「だってペリテばあちゃん“ヨウコは遠くへ行った”って」
「確かに、都に来たからね」
遠くは遠くだ。
「“遠くに行った”って言うときはだいたいその人亡くなってるんだもん」
「……………」
メリアノの顔があまりに悲しそうで黙りこむ。
彼女の両親は昔、崖から転落して亡くなっている。
きっとそれとダブっているのだろう。
「だからちょっとびっくりしてるの」
「大泣きしてたもんねー」
「アニーもでしょ!」
「バラさなくてもいいでしょ!」
「同じ言葉を返すわよ!」
「おおげさだなー」
「ヨウコ姉が悪いんだからね!」
「そうよ!」
「はいはい」
突然、二人ともが黙った。
私が村にいたときからこの二人はこの調子だ。
基本的に声量がデカイ。
家を訪ねてきたときはすぐに分かる。
「なんか、変わったね」
「うん。いつもなら同じ様に言い返してくるのに」
「あのねぇ、私もう二十四よ?」
「それで?」
「だから?」
「大人にならなきゃいけないの」
私がそう言った途端、それまで黙っていた誓騎士が噴き出した。
そちらを睨みつけると、あのリックスまで笑っているではないか!
「大人ねえ…」
ユージュが馬鹿にするような言い方で言った。
「まあ、昔よりは落ち着いたと思うが」
「公務の時だけですよ、カーク」
笑ったことの償うようにカークが言ったが、エイリがそれに限定をする。
確かに、公務のときは尚更気を付けているが、私生活でだって気を付けている。
「リックスまで笑ってるのが一番気に食わないわ」
「……悪かった」
「あんた達と違って私は仕事なの。隠者殿を護衛しなきゃいけないんだからね!」
「いらん」
「そういうわけにはいきません」
「ヨウコが敬語を使ってるなんて…明日は槍が降るね」
「嘘ばっかり、師匠」
「占いで出ているから間違いないよ」
「え!」
「アニー、嘘だから。私が敬語使ったくらいで槍は降らないから」
それならば、ここ三日くらいは槍が降っているはずだ。
「ところで、師匠」
「なんだい?元・弟子」
「今日どこに泊まるんですか」
「ここだけど」
「滞在するのはメリアノと隠者殿だけだって聞いてるんだけど」
そういって私が見たのはカークだ。
「あぁ、申請されて受理されたよ。メリアノの客だしな」
「聞いてない…」
「ワイアットには言っておいたはずなんだが…」
「ワイアット…!」
あの野郎。
知ってて教えなかったな。
今度会ったらただじゃおかない。
師匠とアニーも泊まるなら私である必要度ない。
こうして私の新しい任務が始まったのだ。