足取りが重い。行きたくない。
隠者殿の護衛をしたくないわけではない。
かといってしたいわけでもないが。
ともかく、私の足を遅くしている原因は彼ではない。


だらだら歩いていてもそちらに足を進めていればいつかは辿りつくもので。
あっさりと議会棟に付いてしまった。
まぁ、軍部棟と議会棟はそれほど離れていない。
着くのは当然だ。


「あ、いたわ」
「いたいた」


「うるさい。黙ってろ。…暗い顔だな」


「はあ、まあ、憂鬱なので」


「もしかしてロープのこと嫌いなの?」
「お嫁さん候補なのに!」


「いや、そういうわけじゃ…」


私の顔を見るなり隠者殿は眉を下げた。
先ほど軍部棟を歩いているときもすれ違う誓騎士や兵士にそう言われたものだ。
悩んでいても仕方がないのだが。
まだ気持ちの踏ん切りがつかない。


「あの馬鹿娘と知り合いなのか?」


「“馬鹿娘”?」


「ロープは知ってる女の子、全員“馬鹿娘”っていうの」
「今回はメリアノのことね」


「あぁ…」


幼少から変わっていなければ、馬鹿娘と言われるのも頷ける。


「まぁ、知り合いって言えば知り合いです」


「曖昧だな」


「あっちは覚えているかどうか…」


覚えていないことを願うばかりだが。
一つ大きく息をする。
悩んでいてもしょうがない。
さきほど自分でも言ったが、覚えていない可能性もある。


というか覚えていないだろう。
私が村を後にしたのは十年も前だ。
そんなに長くあの村に滞在していたわけではない。


「よし!気にするの止めます」


「簡単だな」


「隠者殿の言う通り、あの子は馬鹿ですから覚えてないでしょうし」


「昔からあぁなのか」


「それはもう。バカです」


「すごい言われようね」
「成長してないのよ」


悩むのを完全に止められるわけではないが、悩んでいても仕方がない。
なるようになれ!
中央行政区を出て左へ向かう。このまま真っすぐ行けば公人滞在施設に着く。
メリアノはもう来ているかも知れない。
時刻はすでに夕方だ。


「見えましたね。ん?」


施設の前に複数の人影。
一瞬敵かと構えたが、見慣れた男たちだと気付く。
カーク、ユージュ、エイリ、リックス。
その四人がこちらに背を向けて誰かと話していた。
すぐに分かった。
メリアノだ。


「もう来てるみたいね」
「騎士達もいるわよ」


しかし、その割には人影が多い気がする。
ここで渋っていても仕方がない。
大方、市民課の職員か、管理人だろう。
そう思って、それに近付いた。


「来たようだな」


ここは上り坂だ。施設は坂の上にある。
そして向こうには夕日。
こちらからだと影になっていて顔は見えない。
だが、声で誰か分かる。
それはカークのものだった。


「誰が来たの?」


女性の声、メリアノか。
語尾の上げ方が幼少と変わっていない。


「あ!あなた!!」


なぜか、もう一つ女性の声がした。
顔は見えない。そして聞き覚えのある声だ。
その隣にもう一つ影。
背が高い。男性だろうか。


「これは隠者殿」


「占い師か」


「あらー」
「動く死体よー」


ようやく、全員の顔が見えた。
誓騎士の面々はよく知っている。
それに囲まれていたのは三人。
銀の髪。これはメリアノだ。
その隣に立つ茶色い髪。
そしてその隣の男。


あぁ、思い出したくない。
いや、きっと向こうは忘れて……。
……もう、覚えていないだろうという強がりは意味をなさない。
絶対に私を覚えているであろう人がいる。


「おやおや、懐かしい子がいるねえ」


「師匠?」


「師匠さん?」


「私になにか言うことはないのかな?元・弟子」


「………お久しぶりです、師匠…」


「久しぶりだね、ヨウコ」


その瞬間、全ての目が私を見た。
メリアノもその隣にいるアニーも。
全てが暴かれる。
そんな気がした。





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