「お、お帰りー」
「帰ったのか」
「ゆっくり休めよ」
軍部棟を歩いていると色々な人から声を掛けられる。
任務の終了報告に閣下の部屋を訪れたが、そこはもぬけの殻だった。
まぁ、あの人が部屋でじっとしているとは思えない。
きっとまた見回りという名のサボりだろう。
大将軍不在の場合、頼りにするのは副官なのだが、午後から出勤だと本人が言っていた。
もうそろそろ戻っているだろうが、まだ早い。
きっと山積みになった書類に目を通している頃だ。
「ヨウコ」
後ろから声を掛けられた。
エイリだ。
「ワイアットに報告しましたか?」
「いや、もうちょっとしたら行こうかと思って」
「それなら今行った方がいいですよ」
「そうなの?」
「すでにサボりモードでしたから」
「……分かった。ありがとう」
やはり、午前中だけ休むというのは無理だったようだ。
顔は出しているが仕事の方はいまいちなのだろう。
それなら、早めに報告しておかないとどこかへ行きかねない。
まぁ、だいたい予想は出来るが。
エイリと別れてその足でワイアットの執務室を訪れた。
軽くノックすると間延びした声が聞こえてくる。
エイリの言う通り、サボりモードのようだ。
「失礼します」
「やあヨウコ」
「任務の終了報告に来た」
「あぁ、さっきエイリが報告に来てたな」
書類にサインを貰って任務は終わる。
つまりサインを貰えない限り終わったとは言えないのだ。
「はい。お疲れ」
そういってサイン入りの終了報告書を手渡された。
ここに私が入って来て、彼はまだペンを持っていない。
「さっきエイリのときと一緒に書いたからね」
「つまり、報告に来てないのにサインしたわけ…」
「仕事は早いに越したことないだろう?」
「ま、ありがたいけど」
終了報告書を受け取って踵を返した。
もうこの部屋に用はない。
「あぁ、そうだそうだ」
「なに?」
「隠者殿の件を話さないといけないんだった」
「まだなにか?」
「まぁ、ね」
そういうとワイアットは席を立つ。
そして私の傍まで来ると一枚の紙を突き付けた。
「なに、これ?」
受け取って顔から離す。
そこには任務指示書、と書いてあった。
つまり、新しい任務だ。
こっちは帰ってきたばかりだというのに。
「隠者殿を公人滞在施設にお送りして、お前もそのまま泊まれとさ」
「………は?」
「護衛だよ、護衛」
「護衛…。それならエイリかユージュに…」
「そういうわけにもいかないんだ」
「どういうこと?」
「例の事件は知っているな?」
「カシュー議員の…」
「あの時に利用されかけた子が今日の夕刻、リナスに来る」
「ユージュ達が言ってた…」
メリアノ。
「その子も公人滞在施設に泊まるんだ」
「へー…えっ!?」
「そうなんだよ。隠者殿が泊まるとあそこには男女が二人っきり」
全く羨ましい。
とワイアットが力強く言ったが、私はそれを無視した。
私が驚いたのはそこではない。
メリアノが泊まる!?
つまり、隠者殿と私とメリアノの三人で泊まれというのか!
だが、確かあそこには管理人がいたはずっ。
「管理人は!?」
「所用だとさ」
なんということだ。
「俺がこの任務を引き受けると言ったんだが、男二人に女性一人なんて尚更危険だと言われた」
至極残念そうなワイアットに軽蔑の視線を投げかけておく。
一度、敵と交戦している私が隠者殿の護衛を任されるのは分かる。
だが、それだけなら他の誓騎士でも出来るだろう。
私が抜擢された最大の理由は、その施設に女性も泊まるからだ。
理解は出来ても無理だ。メリアノに会うことはなんとしても避けたい!
「軍部の滞在施設は!?」
「隠者殿が嫌がった。軍人嫌いらしい」
「じゃあ、メリアノを軍部の滞在施設に…」
「それこそ狼の群れに放り込むようなものだよ」
「……どうしても私じゃないとダメ?」
「女性の誓騎士は君しかいないからね」
拒否は出来ないようだ。
なんとかして、免れないかとあれこれ提案してみたが。
全て空振り。
「というわけで、議員棟に隠者殿を迎えに行ってくれ」
なんだったら俺を呼んでくれてもいいよ。
とワイアットは笑顔を見せたが間髪いれずに断った。
邪な理由が丸見えだ。
「国境の街に帰りたい…」
「この任務が終われば国境警備に戻されるよ」
「今!いますぐ!」
「はいはい、仕事仕事」
駄々をこね始めるといつもワイアットはこうやって扱う。
そしていつも通り、私は彼に追い出されるように執務室を出たのだった。