耳をつんざく悲鳴。
飛び起きて脇に置いていた誓剣を手にした。
声は隣の部屋から。
更にその悲鳴に聞き覚えがあった。
部屋を出るとユージュとエイリも同じだった。
声は隠者殿の部屋からだ。
更にあの悲鳴はチイかニイのもの。
なにかあったようだ。
一つ頷いてユージュが扉を蹴り開ける。
「わー!」
「すごーい!」
「本当に飛んできたわねー」
「さすが騎士ね」
部屋の中には、チイとニイ。
それと眉間に皺を寄せた隠者殿。
時刻は早朝。
日が昇ったところだ。
部屋に異常は見られなかった。
窓もきっちり閉まっている。
なにより不審者の影がない。
一体どういうことだろう。
「えーっと…?」
エイリが困惑した顔を見せる。
ユージュはすでに分かったようで呆れ顔。
私は、気が抜けてあくびを一つ。
「本当に助けに来てくれるのか知りたかったの」
「これだけ早いならあんしんー」
「しんー」
そう言うと二人はどこかへ消えてしまった。
「あいつら…」
「なにもないんですね」
「あぁ」
「まあ、そりゃよかった」
「…おかげで予定より早く都に帰れそうね」
いつもならもう一眠りといきたいところだが、そういうわけにも行くまい。
完全に目も覚めてしまったことだし、今日は早めに出発したい。
「そうですね。早めにここを出ましょうか」
エイリの言葉に頷いて私は部屋に戻ることにした。
朝食を取り、宿の礼を言う為に館長室へ赴くと彼はもう一泊して行けと言ったが丁重にお断りした。
ここにもう一泊するより、早く都に入ってしまった方が安全だ。
「もうすぐリナスですね」
「道中、大したこともなくてよかったな」
「そうね。敵と交戦したのは私だけだし」
「お手柄だったな」
「…………」
ユージュはニコニコと楽しそうだ。
彼にとって今回の任務は休暇を兼ねた旅になったらしい。
憎たらしいことこの上ない。
「見えてきましたね」
きらきらと光る街が見えた。
首都・リナス。
光っているのは水だ。
街にはいたるところに水路が引いてある。
その水が日の光を反射してきらきら光る、というわけだ。
ちなみに、街を出てしばらくしたところにある、まぁ、今私達がいる高台なんだが。
ここはワイアットのお気入りスポットらしい。
夕方に訪れると夕日を水路が反射して綺麗なのだ。
休暇が被った時、ワイアットに連れ出されてここを訪れた。
確かに、夕日を反射するリナスは綺麗だったが、ワイアットが肩に手を回したせいで台無しだったことを思い出す。
「おや、帰ってきたのか」
……会いたくない人が立っていた。
いや、彼のお気に入りスポットなのでいてもおかしくはないのだが…。
彼は副官である。
仕事中のはずだ。
「サボりですか?ワイアット」
エイリが毒を含んでそう言った。
「失礼な。午前中に休暇を取ったんだ。ここのところ働き詰めだったからね」
「俺達は任務の真っ最中だっていうのに…」
「どうせカークの執務室で寝てたくせに」
私とユージュが同時に別の毒を吐いた。
ワイアットは全く気にも留めていない。
そんなことを気にするような男ではないのは知っているが、腹は立つ。
「ここまでくればもう安心だろう。ヨウコはここで俺と一緒に…」
「そんなことするなら溝掃除する」
「……それってひどくないかい?」
私にとって溝掃除は苦ではない。
更にワイアットと過ごすより、その方が有意義だ。
市民の助けにもなる。
「行こう。ワイアットに用ないし」
「そうだな」
「ではお昼に」
そう言って私達はそこを離れた。
酷いだなんだと後ろから聞こえたが全て無視する。
「騒々しくてすみません」
黙りこんでいる隠者殿にそう言う。
私達はワイアットに慣れているからどうも思わないがきっと彼は煩わしいと思っただろう。
「別に。虫どもよりましだ」
「ちょっとそれどういうこと!」
「どういうことよ!」
「うるさい」
チイ、ニイと隠者殿のいつものやりとりが始まって私はこっそりその場を離れる。
もう街の入り口だ。ここまでくれば、ワイアットの言う通り、安全と言えるだろう。
まぁ、街中に敵が潜んでいないわけではないだろうが。
それでもこれだけの人がいる前で騒動は起こせまい。
「隠者殿、悪いんだがこのまま中央行政区まで来てもらってもいいか?」
「あぁ、早く終わらせたい」
「俺たちも同じだよ」
入り口に立っていた兵士に馬を預けて徒歩で中央行政区へ向かう。
国の中心といっても過言ではないそこには軍部を始め全ての機関が揃っている。
仮に自分が敵国だとしたら、真っ先にここを潰しにかかるだろう。
だからこそ、私達がそこに常駐しているのだが。
「どうかしましたか?ヨウコ」
「…いや」
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
「うん…」
「まぁ一人だけ交戦してるから、緊張するのは分かるけどな」
彼らは森での一件の話をしている。
が、私が警戒しているのはそこではない。
もっと別の者から私は逃げているのだ。
軍部にいる間は平気だ。
一般市民は入ってこれない。
だから彼女に見つかる心配もない。
まぁ、彼女が私を覚えているかどうかは分からないが。
「そういえば、メリアノが来ているそうですよ」
その名前に私は反応してしまった。
そのとき、思いっきり隠者殿と目が合ってしまう。
気付かれただろうか。
「メリアノが?俺に会いに?」
「違います。ロッソ議員に呼ばれたそうです」
「は?なんで?」
「今月はアレがありますから」
「…まさか、出すのか?メリアノを?」
「…らしいです」
「無理だと思うけどな…」
「まぁ、否定が出来ないのが辛いところです」
「もう…着いてるのかな?…その子」
「いえ、今日の夕方らしいです」
「ふーん」
なんと呼ぼうか迷って、知らないふりをすることにした。
今日の夕方までには隠者殿を評議会に渡せる。
そうなれば私は軍部用施設に引っ込んでいられる。
ぎりぎりというところか。
「なにかあるのか?」
「…ワイアットと知り合いなんでしょ?その子」
確か、国境の街での任務から戻ったときにワイアットが私に土産話として話していた気がする。
「その子が着いたって知ったら、その子のところに行くだろうから」
「追いかけまわされなくて済む、というわけですか」
「そう」
「メリアノだって」
「ますます楽しみね!」
「どこがだ」
「あら、結構気に入ってるくせに」
「素直じゃないわね」
そんなやりとりをしている間に中央行政区に着いた。
「じゃあ、後は頼みます」
「あぁ」
「隠者殿もご協力ありがとうございました」
「ちょっと待て」
隠者殿にお礼を述べて軍部施設の方へ足を向けたエイリに付いて行こうとすると、隠者殿が呼び止めた。
私達の任務はここまでだ。
後はユージュの仕事。
「お前が責任者じゃないのか?」
「私?」
そこで私は思い出す。
確か、ユージュは私が今回の責任者だと隠者殿に話したと言っていた。
「あれは、ユージュの嘘です」
「嘘…?」
「今回の責任者はユージュです」
隠者殿の後ろでユージュがまずいという顔をしている。
隠者殿がくるりと振り返る。
「まぁ、俺が責任者ってことになってるけどエイリやヨウコにも責任はあるから…」
「それなら急ぐんじゃなかった」
「やっぱり女の子には優しいのね」
「人間の女の子だけだけどね」
隠者殿は騒ぎ始めたチイとニイをうるさいと一蹴した。