隠者殿の家を立ったのはその日の夕方だった。
まだ日が陰るには時間がある。
あの輩が再び襲ってくるかも知れないので少しでも離れておこうと移動したのだ。
そして今日の宿に着いた。


「おやおや、お久しぶりですね」


「お久しぶりです。館長さん」


「また草を刈りに来て下さったんですか?」


「まさか…」


「ユージュ!」


「これは、隠者殿!」


「…………………」


「今夜、お話を聞かせていただけませんか?」


「断る」


「そうですか…。おや?」


「どうも」


「ヨウコさんですよね?」


「はい」


「大きくなりましたねえ」


「そうですね」


「女性初の誓騎士があなただと聞いてお会いできるのを楽しみにしていました」


「はぁ、それはどうも」


古代図書館。今夜の宿だ。
なんとなく全員が嫌そうな顔をしているのは気のせいだろうか。


「今夜、お世話になってもよろしいですか?」


「もちろんですよー。ここはひらかれた施設ですから」


まだなにか話したそうな(主に隠者殿と)館長さんを置いて私達は施設に入った。


「ヨウコ、知り合いだったんだな。館長と」


「まぁ、ちょっと。っていうか、みんなも知り合いだったんだね」


「まぁ、ちょっと…」


「“あの時”に草、刈ったの?」


「えぇ、ユージュ以外が」


「俺もやったぞ!」


「後半だけですけどね」


四か月ほど前。
エイリとユージュを含めた四人の誓騎士がここに滞在した。
そのときに知り合ったようだ。


「隠者殿もお知り合いだったんですね」


「まぁ、ちょっとな」


「どことなくみんな嫌そうなのは気のせいでしょうか?」


「いや、気のせいじゃないぞ。少なくとも俺は」


「俺もだ」


「ユージュも?奇遇ですね。僕もです」


「私もなんだよね」


妙な沈黙が流れる。


「捕まらない内に寝ましょうか」


「そうね」


「それがよさそうだ」


「あぁ」


そういって私達はそれぞれバラけた。
部屋に荷物を置いてあることに気付く。
その足で隠者殿の部屋へ行った。
扉の前に立ち、ノックする。


「誰だ」


「私です」


中から扉が開かれる。
隠者殿が私を見下ろしていた。


「どうした」


「なにも言わずに別れてしまいましたが、私達の任務はあなたの護衛です」


「それと都への強制連行だろう」


「まぁ、それもありますが」


「…で?」


「誰かと同じ部屋の方がいいかと」


「いらん」


予想していた通りの返答だ。
というか、あっさり「そうですね」というはずがない。


「ですが…」


「一人にしてくれ。その方がいいぞ。お前らにとっても」


「どういう意味でしょう?」


「男と相部屋、なんて誰も嫌がるだろう。俺ならこっそり抜け出すな」


「ならば私と相部屋はいかがですか?」


「……………はっ!?」


「一応、女ですし。男同士が嫌ならばせめて…」


「ちょっと待て。お前、言ってる意味分かってるのか?」


「当然です」


男と女が同じ部屋に泊まることの意味など分かる。
分からないはずはない。
そのことで色々な目に合ってきた。
からかい、噂、侮辱。


「そういうことにならなければ問題ありません」


「そういう問題じゃないだろう…」


事実でないのなら放っておけばいい。
その内、その噂は終息していく。
それにここにいるのはユージュとエイリだ。
そんな噂を立てるとも思えない。


「お前は女で、俺は男だ」


「そうです。だから…」


「だから、お前は女なんだ」


「…私に欲情しますか?」


「なっ…!」


「十年ほど前から騎士として訓練を受けてきました」


思い出したくないことまで思い出されそうだ。
余計なことを考えないように気を付ける。
必要な点だけでいい。
思い出すのも、教えるのも。


「そこに男女の区別はなく、平等に」


名前ばかりの平等だった。


「性的なからかいを受けたこともあります」


からかい程度で済んでよかったと、今なら思う。


「ある程度の地位に着くまではずっと“女”だからと蔑まれてきました」


“ある程度の地位”は割と最近になってから就いた。


「女ではありますが、女は捨てているようなものです」


そこに未練はない。
街の人は高嶺の花に近くて羨ましいというが、そんな気持ちを持っていては誓騎士にはなれない。


「もしあなたが私に欲情するのなら、相部屋は諦めます」


色々な噂に対する耐性は付いたが、さすがに『隠者を喰った』と言われるのはごめんだ。
ただ、その話を流すのがユージュとエイリ以外であることは確信しているが。
私とて、それほど軽い女であるつもりはない。


「どうですか?」


「もし」


「なんでしょうか」


「欲情すると言ったら?」


「相部屋を諦めます。好きでもない人と寝るほど自分が安いとは思っていないので」


「その先は?」


「先?」


「なぜ俺がお前に欲情するかを考えないのか?」


「生理的現象ではないのでしょうか?」


私にとって男性の性欲とはそういう認識だ。


「お前、結婚できないぞ」


「構いません」


騎士になると決めてしばらくしたら結婚など諦めた。
それだけが幸せでもあるまい。
私にとっては騎士として成功するのが幸せだ。


「ヨウコってば大胆ねー」
「本当ねー」


いつの間に来ていたのか、チイとニイが隠者殿の肩にいた。


「そういうわけじゃ」


「いや、大胆以外のなにものでもないだろ」


後ろからユージュの声。
慌てて振り向けば、彼が立っていた。
呆れられているのは表情から見てとれる。


「い、いつから…」


「相部屋の件から」


「最初じゃない…」


「安売りするのかと思ったぞ」


「しない」


「そうだな。ワイアットの誘いを断り続けているのにおかしいなと思ったんだ」


「あれはこれからも断り続ける」


「それがいいですね」


今度はエイリの声だ。
結局、全員が揃ってしまった。
何のために誰にも相談しなかったと思っているのか。
これでは意味がない。


「こういう言われ方をあなたが好まないのは知っていますが…」


エイリが少し身を屈める。
私とエイリでは身長差があるのだ。
彼が屈んでようやく目線が合う。


「あなたは女性です。それを武器にするのも結構ですが、それを守ることも大切ですよ」


「…………分かってる」


「なぜ相談して下さらなかったんですか?」


「もし噂が立っても、知らないふり出来るでしょ」


仮に隠者殿が私との相部屋を受け入れていたとしよう。
そしてその現場を誰かが見たら。
誓騎士団が隠者を女の色香で迷わせた、などと噂になりそうだ。
そうなった場合、同行の二人が知らなければこれは私の独断となる。
誓騎士にまで噂は広がらない。


そう説明し終えると、皆一瞬固まって、隠者殿からは「俺はどうでもいいのか」と零され。
ユージュからは「アホか」と頭を小突かれ。
エイリからは「仮にそうなった場合、『僕らが行けと言った』と報告しますよ」と言われた。
結局、相部屋の件は却下され、チイとニイが帰ってきたので彼女達に任せることになった。






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