隠者殿は夜型だと言っていたが、昼夜が逆転しているわけではないらしい。
今はお昼を過ぎたくらいだが、ちゃんと起きて仕事をしている。
ユージュはソファでのんびりしていて、エイリは隠者殿が所有する本を借りて読んでいた。
私は特にすることもないので、チイとニイの相手をしていたのだが、あることに気付く。


「ふと思ったんだけど」


「どうした?」


「なんでこんなにまったりしてるの?」


私達は隠者殿を保護しに来たはずだ。
しかし、この状況は休暇中を思わせた。
これでは閣下のことをとやかく言えなくなってしまう。


「隠者殿の今のお仕事が終わったら都に来て下さるそうなので待っているんです」


「…そうなの?」


「はい」


本から顔を上げてエイリが言う。
確かに昨日はろくに今後の話もせずにチイとニイに連れ去られたけど、まさかそんなことになっていたなんて。
だから隠者殿は寝ていないのか。


「よく説得出来たね」


「あぁ、お前を使ったんだよ」


ユージュがソファで寝がえりを打って言った。


「私?」


「そう。都に来てくれないとお前が困るって」


「どういうこと?」


「ヨウコが今回の任務の責任者で」


「責任者?それはユージュでしょ」


「しっ!……隠者殿が都に来てくれないとお前が困るって言ったらあの虫が説得してくれたんだ」


「それ、いつの話?」


「お前が寝てる間の話」


つまり、今朝ということか。
だから寝ないで隠者殿は仕事を片付けていると。


「それだと、責任者なのに誰より遅くまで寝てたってことになるよね…」


「まぁいいんじゃねーの?懐かしい夢、見てたんだろ」


エイリの隣にあったクッションをユージュに投げつけた。


「いって!本当のことだろうが!」


「その話は忘れろ!」


「だいたいお前が変なことしてるから…」


「だからなにもしてない!!」


「十分変なことだって」


「やってたことは変でもちゃんとした意味があるんだからいいでしょうが!」


「ちゃんとした意味があれば変なことしてもいいなんておかしいだろう!」


「いいんです!」


「じゃあ、夜這いはいいんだな!」


「なんでそうなんのよ!」


「意味があるだろっ!」


「ないでしょ!大した意味なんか!」


「うるさい!」


口喧嘩がヒートアップしてクッションを投げ合っていた私とユージュは固まった。
そこには、眉間に皺を寄せた隠者殿。


「俺が都に行かないと困るんだろうが」


「はい…」


「なら静かにしろ!」


バタンと閉められたドアから怒りのオーラが見える気がする。


「ユージュのせいで怒られたでしょ」


「お前のせいだろ、今のは」


「発端はユージュの言葉だったし」


「二人とも」


エイリが本を見たまま口を開く。


「子供じゃないんだから」


「でもユージュが…」


「ヨウコ、都に帰ったらユージュはどうにでもしていいですから」


「分かった…」


「おい。どういうことだ、そりゃ」


「そのままの意味ですが?」


「なんかお前最近冷たくねぇか?」


「そんなことないですよ」


これ以上ここにいるとまた怒られそうだ。
なんとか別の部屋に行きたいが、ここは他人の家である。
勝手に移動することも気が引ける。
と、ある部屋が目に入った。


小声でなにか言い合っている二人を尻目に立ち上がる。
そして、隠者殿がいる部屋をノックした。
中から声がしたので扉を開ける。


「なにか用か?」


「ここにいてもいいですか?」


「……うるさくしないのなら構わない」


「一人なので…大丈夫です」


「好きにしろ」


それは彼なりの了承だと受け取っておく。
適当なイスに腰を下して、隠者殿の作っている物を観察する。
部屋中に懐かしい匂いが充満していた。


「そういえば」


静かにしていろとは言われたが喋るなとは言われていないので口を開く。


「その二人はどこへ行ったんですか?」


「使いだ。アンセクターまでな」


「急なお願いをして申し訳ありませんでした」


十中八九、チイとニイが使いに出されたのは急きょ都へ行かなくてはならなくなったからだろうと予想した。
そしてそれは当たっているらしい。


「まぁ、なんとかなる」


「すみません」


「お前達も仕事なんだろう」


「はい」


「なら、そんなに謝るな。調子が狂う」


最後の一言の意味は分からなかったが、急きょ都へ行くことに関しては怒っていないらしい。
しばらく黙っていると、今度は隠者殿が口を開いた。


「評議会は一体俺のなにを警戒しているんだ?」



「それは…」


それは答えられる質問だった。
ただ、それを言ってしまっていいのか悩む。
評議会が恐れているのは彼の腕と知識だ。
どんな難しいものでも彼なら調合してしまうだろう。
評議会はそれを恐れている。


彼の腕と知識は確かに便利なものだ。
だが、それは使い方を誤れば脅威。
正しいことに使われている内はいいのだが。
そうでなくなったときが怖い。


「まぁ、察しはつくけどな」


私が答えないでいると彼はポツリと言った。
調合する手を休めないで彼は話し始める。


「大方、俺の調合の腕だろう。昨日の奴らに渡ると対処出来ない」


「……はい」


「これでも本当にヤバイ仕事はやってないんだが」


「あなたの意志とは関係ないところでそれをさせられるかも知れませんから」


「……都に行っても同じだと思うがな」


「確かに。評議会にも後ろ暗いところがあります。先日の事件のように」


「……お前、軍人だろう」


「はい」


「そんなんでいいのか?」


私の態度はおおよそ軍人には相応しくないだろう。
自分でもそう思う。
誓騎士にいる理由など、ユージュと同じだ。
国の為ではない。
その方が、都合がいいから。


「誓騎士の全員が愛国心の元に集っているわけではないので」


「まぁ、そうだろうな」


「すみません」


「なぜ、謝る必要があるんだ」


「なんとなくです」


「そんなので謝るな。なにかやましいことがあるのかと思われるぞ」


彼の言う通りだ。
誰にでもこういう態度を取っているわけではないが、軽々しく出すものでもない。
普段は気を付けているのに、今は自然と出てしまった。
ここが懐かしい匂いがするからだろうか。
そして、かの地に、謝罪をしたいのだろうか。






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