懐かしい夢を見た。
村の夢。
決して幼くない、今の私が駆けていた。
懐かしい匂い。


お世話になっていたお店の匂い。
ずっと忘れていたのに。
そうだ、こんな匂いだった。
薬品と、草花の匂い。


その匂いが薄れて、目を開けると朝日が飛び込んでくる。
眩しくて寝返りを打った。
が、思っていたより端にいたらしい。
一瞬宙に浮いて、落ちた。


「いった!!」


思いっきり頭を打ち付けて悶絶する。
しばらくじっとしていると痛みが治まっていく。
肩も打ちつけたらしい。
痛い。


「大丈夫か?」


一応気を遣ってか扉の向こうからユージュの声がする。


「大丈夫っ!」


いつもなら勝手に開けるくせに。
他人の家だからだろうか。
さすがに借りたベッドがぐちゃぐちゃなのは申し訳ない。
ざっとシーツと布団を正すことにする。


立って布団を広げる。
ふわっと広がった匂いは夢と同じ匂いがした。
あぁ、それでか。
失礼して、布団を胸元に手繰り寄せて鼻を近付けた。
夢の匂いがする。


開いていた窓からサーッと風が入って来て森の匂いを呼びこんだ。
それが布団の匂いと混じって懐かしい匂いに変わる。
夢と同じ匂いがした。
胸一杯にそれを吸い込む。


「入るぞ」


突然の声に驚いた。
が、すぐに反応できるはずもなく。
入ってきた隠者殿と目が合った。
正確には隠者殿と虫達だが。
彼の瞳に映ったのは、自分の布団を立ったまま抱きしめている女。


「わ、悪い」


そう言って隠者殿はバツが悪そうな顔をして扉を閉めた。
慌てて布団を正して騎士の服を着る。
誤解されているようなのでそれを解かなくては…っ!


着替えたり布団を正している間、扉の向こうからチイとニイの声がした。
内容は、入る時はノックをしろだの、返事が返って来てから開けろだの。
だから彼女ができないだの、昨日と大差ないものだったが。
今なら全力で彼女達に賛成する。


扉を開けると紅茶を飲んでいるエイリと目があった。
にこりと微笑まれて朝の挨拶をされたので返す。
ユージュにも挨拶されたのでいつも通り返した。
必然的に残っているのは隠者殿だけなのだが。


「あの、別に変なことしてたわけじゃないですから!」


「あ、いや…」


「懐かしい匂いがしたので、思わず…その…」


嗅いでました。
とは言えずに俯く。
妙な沈黙が流れる。
大変気まずい。


「懐かしい匂いってなぁに?」
「どんな匂い?」


チイとニイがその沈黙を破った。
助け舟だろうか。
彼女達がいたずらに笑うのが見えた。


「た、多分、薬品の匂いだと思う」


「調合しかけのものとか置いてたしね」
「この間こぼしたし」


「あれはお前達だろうが」


「その、昔の夢を見たので…それで…懐かしくて…」


「調合師の家にいたの?」
「それならロープにぴったり!」


「うん。昔お世話になってた人、調合師だったから」


チイとニイの目がきらきらしている。


「とにかく、それだけだから!」


「分かった分かった。俺も突然開けたりして悪かった」


「いえ。ベッドありがとうございました」


「あぁ」


そのまま去ろうとするが、チイとニイに引っ張られた。
まだなにかあるのだろうか。


「ヨウコ、なにか忘れてない?」
「そうそう。これがないとねー」
「ねー」


なんのことか分からずに小首を傾げていると、「鈍いわねえ」と言われてしまった。


「朝よ、朝」
「そう、朝なの」


「朝…。あぁ、おはよう。チイ、ニイ」


「おはよう、ヨウコ」
「おはよう、ヨウコ」


二人はそう言うとツイっと隠者殿の隣に並んだ。
そしてなにか言いたげにその場でふわふわしている。


「あ、あの」


「なんだ?」


「おはようございます」


「…あぁ、おはよう」


私が隠者殿と挨拶を交わすと、チイとニイがまた嬉しそうに飛び回る。
そしてすぐ隠者殿に怒られていた。






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