ユージュの説明を聞いて、隠者殿は険しい顔をした。
私達の目的は、都に隠者殿を連れて行くことなのだが。
話が進むにつれて彼の眉間皺が寄っていく。
彼はこちらが全て言い終わる前に都行きを拒否した。


「今受けてる仕事は全部真っ当なものだ」


「これから依頼されるって可能性もある」


「…断ればいいんだろう」


「先ほどみたいな輩が再び現れるとも限りません」


「だからってなんで俺が都へ行かなくちゃならないんだ」


ユージュが面倒だと言っていた意味が分かった。
私達がなにを言っても、この男は「はいそうですか」と言わないのだ。
真っ向否定。
ああ言えばこう言う。
ずっと否定されていると、本当は間違ったことをしているような気もする。
が、それは私の仕事ではないので傍観することにした。


「あなたやるのねぇ」
「人間なのにねぇ」


私が女性の悲鳴だと思ったのは、私の周りをぴゅんぴゅん飛ぶ虫のような生き物が上げた声だったらしい。
剣の男との交戦を終えた後、なぜか私はこの二匹に懐かれていた。
名前はチイとニイだそうだ。


「ありがとう」


窓辺で外を警戒しながら言った。
今晩襲ってくるとは考えにくいが、もし今様子を窺っているのなら警告にもなるだろう。


「今夜はもう来ないわよ」
「だから私たちとお話しましょう」


私の服の裾を引っ張って二人(二匹?)が言う。


「一応仕事中だから」


「大丈夫よ」
「そうよ、バレないバレない」


バレるバレないという問題ではないのだが、彼女たちは一向に引く気配がない。
それにバレないわけがない。
同僚がこの部屋に二人もいるのだ。


「あーもう、うるさいぞ!」


隠者殿がそう言った。
どうやら私達、…というかチイとニイに言ったようだ。
彼の怒りに満ちた目は二人に向けられている。


「だってせっかくの女の子よ!」
「この間の子も逃がしちゃったんだし、これが最後のチャンスよ!」


よくは分からないが、どうやら隠者殿は女に困っているらしい。
本人にそんな様子はない。
もし本人が困っているのなら、ワイアットの様になっているだろうから。


「おい」


今度は私に向けられたものだった。


「話が出来ないからそいつらを連れて他の部屋へ行け」


「まあ、偉そうな態度よ!」
「あんなんだから女の子に縁がないのよ!」
「そうよそうよ!」


「うるさい!」


ここは彼の家だし、私達の役目は彼を守ることなので彼が望むのならば他の部屋へ行くことはいとわない。
それに、ユージュとエイリがいるのだ。
大丈夫だろう。


「分かりました。後は頼むわ」


「あぁ」


「行こ行こ!」
「色々教えてあげる!」


「余計なことするなよ!」


隠者殿の言葉を背中に受けながら、私はその部屋を後にした。
私の袖を掴んで二人はずんずん進んでいく。
やがてある部屋の前で立ち止まった。


「ここに入りましょう」
「そうしましょう」


扉をゆっくり押し開けてみる。
どうやら彼の仕事場のようだ。
…こんなところに無断で入っていいのだろうか。


「気にしなくていいのよ」
「ロープの全てを知ってほしいの」


ロープ、とは隠者殿のことだろう。
それにしても“全てを知ってほしい”とはどういった意味だろうか。
取り方によっては男女のそれに取れる発言だ。
当人がいないのが問題だが…。


まぁ、いいだろう。
無理やり連れ込まれたことにしておこう。
他の部屋に行け、と言ったのは彼だし。
そう理由付けて私はそこに足を踏み入れる。


割と片付いている。
薬品の香りに包まれたそこはどこか懐かしかった。
幼少の頃にいた村を思い出す。


「ねぇねぇ」
「あなた今、特定の人はいるの?」


弾んだ声で二人は言った。


「特定の人?」


「もう鈍いわね」
「付き合ってる人よ」


「いないけど…」


もう長い間そういうこととは無縁のような気がする。
最後に恋をしたのはいつだっただろうか。
少なくとも騎士達にそんな感情を抱いたことはない。


「ずばり聞くけど、ロープのことどう思う?」


「どうって…よく知らないし」


「第一印象は?」


少し考え込む。
第一印象…。
それなら一つしかない。


「気難しそう」


ふと、誓騎士の同僚を思い出した。
ワイン好きの彼にも最初はそんな印象を受けたな。
とても昔の様な気がしてしまう。
実際はそんなに経っていない。


「やっぱり…」
「あの子よりましよ!」
「誰?」
「ほら、何年も前にいた…」
「あぁあの子!」


二人の間で思い出話が始まってしまった。
あれやこれやと交わされる言葉の端々に隠者殿の名前が出てくる。
そこからは彼女達の彼に対する気持ちが見え隠れしていた。


「…何笑ってるの?」
「変なことは言ってないはずよ」


突然笑い出した私に二人は怪訝そうな顔をした。
すぐに治めることは出来ずに、ひとしきり笑って深い溜息と共に無理やり治めた。
彼女達は口では文句を言いながら、結局は彼が好きなのだ。
その様はまるで母親のようだと思った。


「好きなんだね、隠者殿のこと」


「そりゃあね」
「私達、ロープのこと好きよ」


「うん。よく分かった」


「だから心配してるの」
「このままだと一生一人だわ」


それも理解できた。
少ししか接していないが、第一印象があれで言葉もあれだ。
近寄りがたい。


「いい人なのよ、ロープって」
「そうなの。でもいい人止まりなの」


「へえー」


「女の子には優しいの」
「なんだかんだで世話を焼いちゃうのよ」


「ふぅん」


「面倒見がいいの」
「でも誤解されやすいっていうか」


「なるほどね」


「もう三十歳なのに」
「お嫁さん候補もいないし」


「ほー……って、え?」


「健康状態はいいのよ」
「家庭菜園もしてるし」


「ちょっと待って」


さきほど、この二人は信じられないようなことを言わなかったか。


「どうしたの?」
「興味持った?」


「いや、今、信じられないことを言ったような気がするんだけど」


「家庭菜園?」
「野菜が不足しがちだから、ロープって」


「そこじゃなくて!」


野菜が不足しがちなのはなんとなく分かる。
私もその傾向にあるから。
そんなことより、その前だ。


「お嫁さん候補がいないことかしら…」
「こんなところに住んでるから出会いもないのよ」
「ロープのせいじゃないの」
「でもここに住んでるのはロープの意志よね」
「じゃあ、ロープのせいになるのかしら?」


「そこでもなくて!」


お嫁さん候補がいないのは、誓騎士にも言えることだ。
彼らも日々仕事に追われていて出会いの場がない。
だからこそ、二十代後半の独身が多い。
高嶺の花だと都では言われているがそうではないのである。


「もしかして、歳の話?」
「三十歳ってダメかしら?」
「このままだと本当に一人身ね」
「寂しいわ」


「隠者殿って三十歳なの?」


「そうよ」
「この話、しない方がよかったんじゃない?」
「どうしよう…せっかくの女の子なのに」
「そんなこと言っても、もう手遅れよ」
「ごめんね、ロープ。お嫁さん候補が…」


「み、見えない…」


せいぜい二十代中頃かと思っていた。
隠者殿は恐ろしく童顔のようだ。
まさか騎士達より年上だとは…。


「あなた、年上は嫌い?」
「歳なんて大した問題じゃないわ」
「ロープは優しいから大丈夫よ」
「保障するわ」


「いや、別に。むしろ年上の方が好きだけど」


「まぁ!聞いた?今の!」
「ばっちり聞いたわ!」


先ほどまで暗かったのに、二人の声色が一気に明るくなった。
私の周りをぴゅんぴゅん飛び回っている。
喜んでいるようだ。
別に隠者殿と付き合っているわけではないのに。
まぁ、楽しそうだから良しとしよう。






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