あれから数日経つが、未だ源先生が帰ってきたとは聞いていない。
伊織君は一体どこへ飛ばしたのだろうか。
今日は思い切って聞いてみることにした。
「伊織君」
部屋の隅で本を読んでいる伊織君に声を掛ける。
「なんすか」
「源先生どこに飛ばしたの?」
“源先生”という言葉に全員が反応した。
「いやだなー、洋子。地球外生命体の話かい?」
「さすがに死んだりしてないか、心配なのよ」
「大丈夫だよ、簡単に死んだら僕も苦労しないよ」
殺す気なのか…。
「藤の樹海っす」
「そ、そんなところに…」
「あぁ、それならすぐに帰ってくるかもね」
「なんで!」
「木村さん、源先生は一回そこに行ってるんです。五月さんに飛ばされて」
わ、私がいない間にすでに飛ばされていたのか。
「伊織、今度からはもっと遠くに飛ばしてもいいからね。海底とか」
「海から離れろ」
「さすがに俺の力じゃ、そこまでは…」
「完全なコピーというわけでもないからね」
「答えなくていいからね、伊織君」
いちいちつっこむのも疲れる。
私にツッコミの役を譲ったイチちゃんが少し離れたところで親指を立てている。
言いたいことを言ってくれてありがとう、と言いたいらしい。
「五月さん」
姫ちゃんが伊織君に能力の指導を始めた蒼を呼んだ。
「どうしたの?」
「そろそろこれ、提出しないと」
それは部内での役割を書く紙だ。
誰が部長で誰が副部長で、誰が会計かなど。
便宜上のものではあるが生徒会に提出しなくてはならない。
なぜ、便宜上なのか。
それは全ての事務処理は姫ちゃんが行うからである。
「部長のところに蒼の名前だけ書いて提出しちゃダメなの?」
「一応、決まりですから」
「固いねぇ、姫」
「僕が決めたわけではないので文句なら生徒会に言ってください」
「裕次郎か」
「五十嵐は会計でしょ」
私の言葉を無視して蒼は五十嵐を苛める計画を立て始めた。
「はい!」
「どうしたの?優也君」
元気よく手を上げた優也君が歩み寄って来て、姫ちゃんの持っている紙を指差した。
「副部長は、洋子先輩がいいと思います!」
「…………は?」
「あ、私も賛成です!」
イチちゃんがそれに同調する。
「ちょっと待ってちょっと待って」
「僕も賛成ですね」
「姫ちゃん?!」
「俺も」
次から次へと当人を置いて賛成意見が集まっていく。
残すところ、蒼と私だけだ。
「僕も賛成するよ。これで決定だね」
「本人の意見は!?私は嫌だよ!」
「えー…洋子先輩ならぴったりだと思うんだけどな」
優也君が肩を落とした。
なぜ、私が副部長なんだ。
それならもっとふさわしい人がいるではないか。
「姫ちゃんは部の創設から関わってるんだし、ぴったりじゃん!」
「姫は会計でしょ」
「自分でもそう思います」
「ってことで、副部長は洋子に決定!」
「いやいやいやいや!」
「洋子先輩以外に五月部長を止められる人なんていませんし!」
「イチちゃんそれ、私も出来てないからね」
「僕は誰にも止められないよ」
「自分で言うな!そして反省しろ!」
「とにかく副部長は決定です」
スラスラと姫ちゃんの字で私の名前が蒼の下に記入されていく。
会計のところにはすでに姫ちゃんの名前が。
行動が早い。さすが姫ちゃん。
「私に副部長なんて務まらないってば!」
「そんなことないですよ!この間の源先生のとき、すごかったじゃないですか!」
優也君が椅子から立ち上がって力説する。
「俺とイチちゃんは関わってませんけど、なんかこう『エスパー』って感じがしました!」
いや、まぁ、テレパシーなんて能力は特に『エスパー』って言葉に結びつきやすいけど。
「まぁ、あの状況を打破出来たのは洋子だけだしね」
蒼の言葉に皆が頷いた。
どうやら、源先生の一件は皆にとって私の活躍として認識されているらしい。
自分の身を守る為にやったことなのに、だ。
褒められるのは正直嬉しいが、過度の期待を寄せられているような気もする。
「あとは一年生だし、いいんじゃない?」
「そうですね。この三つの役職だけ埋まっていればいいみたいです」
考え込んでいる私を尻目に話が終わる。
筆記用具を仕舞った姫ちゃんが席を立った。
「どこか行くの?」
「生徒会に提出してきます」
「いってらっしゃい」
蒼が姫ちゃんを見送ってこちらへ向き直った。
「さて、それじゃあ能力の安定訓練を始めようか」
こうして、当人の意見は一つも通らずに、私はエスパー研究会の副部長になったのである。