それは突然やってきた。
「五月蒼、動くな。命令だ!」
放課後、放送室の扉を開けて第一声にそう言ったのはM研とS研の顧問(らしい)源先生だった。
彼は声の能力者で、人に命令することが出来る。
現に今、蒼の行動はストップしていた。
「他人の部室にいきなり入って来て何の用ですか?」
蒼の表情が黒く歪む。
あぁ…最悪の相性の二人が揃ってしまった。
「五月蒼、貴様に用はない」
そういうと源先生は私に視線を寄越す。
そしてツカツカと歩み寄ってくると一枚の紙を突き付けた。
「な、なんですか」
「“なんですか”ではない。これはどういうことだ」
それは私が提出した退部届けだった。
つまり、私の退部の真意を問いに来たのだろう。
いや、“問う”などという優しいものではない。
彼は命令することで私の意志とは無関係に喋らすことが出来るのだ。
非常にまずい。
私がM研を辞めた理由は、簡単だ。
蒼が辞めたから。
それに尽きる。
それと同時に、M研にいた理由も同じ。
蒼がいたいから。
その理由がなくなったのなら、辞めるのは当然であり、その蒼が能力系の部活を作ったのなら尚更である。
そこへ入るに決まっているではないか。
この学校では、能力者は能力系の部活に入ることが推奨されている上、部活動は強制なのだから。
「どういうことって、辞めたんですけど…」
「なぜだ!答えろ、命令だ!」
「蒼が辞めたからですよ…」
強制されてはいるが、答えないつもりはない。
彼にとって沈黙は意味をなさない。
余計にやましいことがあると詮索され、しまいには命令して喋らされるのがオチである。
「人の意見に流されてどうするんだ、木村!」
「別に流されたわけじゃ…」
このまま続けば、私と蒼の交際がどうのという話になりかねない。
そうなれば赤面必須のことを聞き出されそうだ。
早く彼をここからどこかへやらねば。
しかし、それが出来る蒼は今、彼の力で拘束されている。
なにか手はないか…。
蒼に聞いてみようかな。
「どうしようか、蒼」
「そうだねー…」
「むっ、木村洋子、五月蒼と会話するな。命令だ!」
どんな命令だよ…。
そうは思ったがそれを打破する力はない。
現に彼に声を掛けようと口を開いてもそれは音にならなかった。
「しょうがないねー…」
「そうだね」
「なっ、なぜ会話出来る!」
蒼がしてやったり顔で源先生を見たが、なんのことはない。
認識の問題だ。
私も蒼も会話をしているわけではない。
独り言を呟いただけだ。
とにかく、私達が会話をしたと思っている源先生にはそれなりにダメージがあったらしく一人でブツブツと考え事を始めた。
きっとなぜこんなことが起こったのかと推測しているのだろう。
「五月蒼の未知なる力が目覚めたのか…いや、すでに奴は二つの力を持っている…三つめなど聞いたことが…」
…ほらね。
なんにせよ、先生が考え事をしている間に打開策を考えなくてはならない。
なにか方法はないものか。
同じ空間に先生が存在する限り、彼の能力は発動し続ける。
彼がどこかへ行ってくれなければ解決しないのだが、それが出来るのは蒼だけ。
他に瞬間移動が使える人が…。
いたっ!
私はバッと後ろを振り返ってしまった。
そこには一年生が三人、小さくなっていた。
隠れているつもりだろうか。
慌てて私は先生を見る。
幸い気付かれてはいない。
伊織君の能力はコピー。
イチちゃんは蒼の力をコピーした伊織君に裏山に飛ばされたと言っていた。
彼なら出来るはずだ!
(伊織君、声を出さないで)
残念ながら私のテレパシーは一方通行だが、彼は同じ空間にいる。
視界に入れれば、考えを読むことは出来る。
姫ちゃんを見る振りをして伊織君を視界に入れる。
(え、木村先輩?)
(うん。私の能力テレパシーだから)
(…なるほど)
(伊織君、蒼の瞬間移動コピー出来るよね)
(出来るけど…)
問題はいつ使ってもらうかだ。
これからも源先生がここへ乗り込んでくることを考えれば伊織君が蒼と同じ力を使うことが出来ると知られない方がいい。
「どうかしましたか、木村さん」
私と視線が合っている姫ちゃんが首を傾げた。
私がにこりと笑って見せると、姫ちゃんは私がしようとしていることを察知したらしく小さく頷いた。
「そうだ、木村さんに渡すものがあったんです」
そういうと姫ちゃんはカバンを漁り始めた。
そんなものがないことを私は分かっている。
彼は私がそちらを向いていてもおかしくないように配慮してくれたのだ。
(いつでも使えるように準備しておいて)
(…了解)
伊織君の方はこれで解決だ。
このままの方向を向いていても、蒼とは会話出来る。
彼はあのピンクのピンを気に入ったのか、今も付けているのだ。
(蒼、聞こえる?)
(聞こえるよ)
(伊織君に源先生を飛ばしてもらう)
(出来れば海底火山がいいなぁ)
(…さすがにそれは死んじゃうから)
(僕は構わないけど)
(社会的に構わなくないの)
(残念だな…)
本当に残念そうな声が脳内に響く。
思わず苦笑してしまった。
(今後も先生がここへ乗り込んでくる可能性を考えたら伊織君が瞬間移動の力を使えること知られない方がいいと思うの)
(そうだね)
(だから、あくまで力を使ったのは蒼ってことにしたいのよ)
(うん)
まだ、源先生は私と蒼が会話出来たことを考えている。
それも時間の問題だろう。
そろそろ、その考察を捨てかねない。
(伊織君に話は通してあるから、いつもみたいに指を鳴らしてほしいの。私の合図で)
(分かったよ。早くした方がいい。そろそろ考えるのを放棄するよ、彼)
(うん)
「姫ちゃん見つからない?」
「えぇ、確かに入れたはずなんですけど…」
カモフラージュの為に姫ちゃんに声を掛けた。
その視線をずらし、今度は伊織君を見る。
少し高度な技術がいるが、蒼と伊織君、両方にテレパシーを送ることにする。
(聞こえる?)
(うん)
(聞こえてる)
前者は伊織君、後者は蒼だ。
(三、二、一でやるのよ)
(うん)
(OK)
(三、二)
「まぁいい。それより、木村!」
(一!)
「お前に話があっ…」
パチンという音が二つ。
その瞬間、源先生の姿が消えた。
直前、彼は不敵に笑う蒼を見たはずだ。
「あれ、源先生?」
小さくなっていた優也君が辺りを見回す。
どうやら成功したようだ。
先生の姿はどこにもない。
「す、すっごい…五月部長、源先生の命令に逆らえるんですか!?」
「まぁ出来ないこともないけど、今のは伊織だよ」
「伊織君が?」
イチちゃんが感嘆の声を上げて、伊織君を見る。
照れているのだろうか、少し頬を染めて彼は下を向いていた。
「ありがとう、姫ちゃん」
「いえ、上手くいってなによりです」
状況を理解していない一年生二人が、先ほどなにが行われていたかを聞いて自分たちが除け者にされたことに落ち込んだのは言うまでもない。