入部届けを持って放送室へ向かう。
S研の部室はそこらしい。
顧問の教師が誰か分からないのだから、とりあえず部長にでも提出しておけばいいだろう。
その部長は蒼だし、ちょうどいい。
放送室の札が見えて、少し緊張する。
実に三週間ぶりの再会である。
彼の能力、瞬間移動があれば距離など問題ではないのだが、彼が私に会いに来ることはなかった。
そして私が呼び出されることも。
ふとしたときに私に会いたくはないのだろうか、と考えたりもしたがそれは私にも言えることで。
海外にいる私は当然、彼に会うことは出来ない。
私の能力は瞬間移動ではないから。
私が彼に会うためには、飛行機に乗って日本に帰るか、彼が私を呼び出す他ないのだ。
それをしたかと言われれば答えは否だ。
春休み中は丸々海外にいた。
それどころか連絡すらしていない。
私には彼を責めることなど出来ないというわけだ。
放送室の前で私は深呼吸した。
扉を開ければS研の面々がいるのだろう。
五十嵐に聞いたところ、部員は全部で五人。
蒼と姫ちゃん、あとの三人は一年生だそうだ。
意を決して扉をノックする。
姫ちゃんの声で「どうぞ」と返ってきた。
小さな声で「失礼します」と言ってドアノブを回す。
開いた扉の向こうにS研部員全員がいた。
「あ、木村さん!」
「やぁ、姫ちゃん」
「洋子?」
驚いて席から立ち上がった姫ちゃんの向こうから蒼が顔を覗かせる。
一瞬目を丸くして、彼はいつもの笑顔を浮かべる。
「思ってたより遅かったね。いらっしゃい」
変わっていない。
三週間前となんら変わっていない。
当然の事実に、私は安堵していた。
なぜM研を抜けたのか、そこまでは分かる。
大方、顧問の源先生に耐えられなかったのだろう。
元々彼らは相性が悪い。
毎日毎日顔を合わせては言い争い、最後にはだいたい蒼が先生をどこかへ飛ばしてしまうのだ。
そして返ってきた先生が蒼に喰ってかかる。
その繰り返しである。
解せないのは、なぜ『S研』を作ったのかだ。
部員集めや手続きは結構面倒だろうに。
というより、源先生と関わり合いたくなければ能力者の部活から離れるに限る。
源先生本人が能力者なのだから、能力系の部活を作れば彼が関わってくるのは当然だ。
その理由が分からない。
彼の中で何かが変わったのだろうか。
そう思った。
自意識過剰だと言われそうだが、私と会いたくないから部活を辞めたのかとも思った。
けれど、彼の笑顔を見てそうではないと分かった。
もし私のことを嫌いになっていたならば、笑顔など振り撒かないはずだ。
そして「いらっしゃい」などと声を掛けることもないだろう。
「えっと、お知り合いですか?」
一年生と思しき男の子が言った。
彼の隣には背の小さい男の子と、この部活唯一だろう女の子がいた。
「あぁ。五月さんの恋人だ」
「えぇええええぇ!」
「えぇええええぇ!」
「えぇええええぇ!」
「三人とも失礼だね」
「すみません!」
「…すみません」
「あ、すみません!」
驚きの声と謝罪の声を重ねることが出来るとは。
なかなか連携の取れた一年生だ。
そんな風に私が関心していると、姫ちゃんがこちらへ来て私の席を用意してくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう姫ちゃん」
「“姫ちゃん”…」
そう言って姫ちゃんは眉間に皺を寄せる。
彼はその呼び名をあまり好いていない。
それでも私はその呼び方を改めようとはしない。
もう呼び慣れてしまっているし、大人しい印象の彼に合っているのだ。
まぁ、他にも理由はあるのだが。
「まぁまぁいいじゃない、姫」
蒼が姫ちゃんをなだめた。
一年生はすでに大人しく椅子に座っている。
元々姫ちゃんを『姫』と呼び始めたのは彼だ。
私はそれに倣っているに過ぎない。
「洋子、頂戴」
蒼が私に手を差し出す。
なにか分からずに首を傾げていると、彼は「それ」と指差した。
入部届けだった。
「あぁ…」
手に持っていた入部届けを渡すと彼はそれを姫ちゃんに渡した。
「はい、姫ちゃん」
「結局僕ですか…」
「うん。会いたくないし、有害物質に」
「お、お疲れ様です。花姫さん…」
にこにこしている蒼とは対照に部員はみな暗い顔だ。
女の子が労いの言葉を掛けると姫ちゃんが溜息を吐いた。
「私、自分で渡して来ようか?」
姫ちゃんの様子を見ていたらそんな言葉が出た。
顧問の教師が誰かは分からないが、そこまで嫌がることをさせるのも申し訳ない。
「辞めておいた方がいいよ。顧問、源だし」
「………え?」
「自称、顧問。だけどね」
「つまり、源先生がM研とS研の顧問なの?」
「そうだよ」
「…やっぱり姫ちゃん、頼んでいい?」
入部届けを自分の手で提出したらその場で破られそうだ。
そして、きっと何時間もお説教されるだろう。
更に、あの能力でなにをさせられるか…。
身震いする私に姫ちゃんは苦笑いすると頷いてくれた。
「これで部員が六人に増えたことだし、これからも頑張ろうね」
蒼がそう言うと一年生が元気に…半ば元気に頷いた。