「むう、やはりか…」


私が提出した紙を見て、五十嵐は言った。
退部届。
理由のところには『一身上の都合により』。


「入るのか?S研に」


「うん」


「まぁ、止めるわけにもいくまい。予想はしていたしな」


「うん」


春休みの間、私は能力統率機関へ行っていた。
勧誘されたわけではない。
有能な能力者ばかりの機関。
なんとなく、そこから蒼に勧誘の話が来るのではないかと思ったからだ。


蒼は二つの能力を持っている。
二つの能力を持つ者は珍しく、大半は統率機関に属している。
だとすると、蒼に機関から話が来ないのはおかしい。
もしその話を蒼が受けたら、彼はそこで働くことになる。


それならば先にどういうところか見学しておこうと、色々な伝手を使って見学させてもらった。
もし彼がその決断を下したならば、私は相当の覚悟が必要だ。
どの道を選ぶにしろ。


あちらには一週間ほど滞在して帰る予定だったのだが…。
向こうでの訓練を体験させてもらっている間にちょっとした事件が起こった。
そして、私の能力が役に立ちそうだということで手伝いをしていたのだ。
その為、帰りが思ったより遅くなってしまった。
気付いたときには学校が始まっていたくらいだ。


一月遅れで登校した私は蒼が姫ちゃんを連れてM研を辞めたことを知った。
そして新たに『エスパー研究会』なるものを作ったことも。
蒼が私になにかを相談してきたことはない。
いつも事後報告。
だから今回のことも特段驚きはしなかった。


ただ、今回はその事後報告すらなかった。
完全に私は蚊帳の外だ。
それを寂しく思った。


「源先生には俺から話しておこう。しばらく付きまとわれるとは思うが」


「うん。ごめんね」


「五月に比べればどうということもない」


溜息とともに吐かれた言葉に苦笑する。
ちょうど彼のことを考えていたので、会いたい気持ちが浮き上がる。
私が日本に帰ってきたことを彼は知っているはずだが、まだ接触していない。
後で訪ねる予定だ、問題ないだろう。


「まだ続いてんのね、蒼の五十嵐いじり」


「…あぁ、あれはどうにかならんのか」


「止めても聞かないし」


「木村に無理なら誰も止められまい」


「そっちもごめんね」


「木村は悪くない」


「いやぁ、そうなんだけどさー。一応私、彼女だし」


「なんというか…苦労するな」


「まぁ、ね」


私の場合は彼に好意を抱いているから問題はないだろうが、五十嵐の場合は別だ。
ことあるごとに絡まれていて少し不憫である。
ただ、二人のやりとりが面白いのは確かで、少々複雑な気持ちだ。
五十嵐の反応が面白いから蒼は彼をいじるのだが、彼は真っ向から反応して見せる。
それが面白くて、蒼はまた繰り返す。


「いっそ無視してみたら?」


「いや、それは逃げていることになる!」


なにがそうなるのかは分からないが、五十嵐の負けず嫌いが蒼に拍車を掛けているとしか思えない。
彼がそれに気付くことはないのだろうけど。


「あ、そろそろ行くわ」


なんとなく嫌な気配を察知して私は話を切り上げた。
きっとこの気配は源先生だ。
捕まったら少々厄介である。


「そうだな。……木村」


扉に手を掛けた私が振り向くと、五十嵐がじっとこちらを見ていた。


「なに?」


「また遊びに来るといい。部員一同、歓迎する」


「…ありがとう」


これで今生の別れというわけではない。
五十嵐とは学年も同じだし、なにより蒼の傍にいれば、彼に会うことは一人でいるときよりも多い。
それでも二年在籍した部を去るというのは寂しい気もする。
蒼と出会ったのもこの部だし、それなりに思い入れもある。


幸い、M研…マジカル研究会の部員は大勢いる。
私一人が抜けたところでどうなることもあるまい。
というより、蒼が抜けた方が大きいはずだ。
今更、私一人いてもいなくても大差ない。


扉を開けて廊下へ出た。
嫌な気配とは反対方向へ歩いていく。
廊下の角を曲がった辺りで背後から高笑いが聞こえた。
やはり、源先生だったようだ。


カバンから一枚の紙を取り出す。
入部届けと書かれた下に私の名前と在籍クラスが書かれている。
そして入りたい部活動名には『エスパー研究会』と。
あとはこれを提出するだけだ。


そういえば、S研の顧問の先生は誰なんだろうか。





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