優也君は運動部。
伊織君は用事があるとかで帰ってしまった。
姫ちゃんと蒼はM研と話があるとかで出て行った。
この部屋には私とイチちゃんしかいない。


「あの、洋子先輩?」


「なに?」


「いいんでしょうか、こんなにまったりしていて」


「いいんじゃない?誰もいないし」


私とイチちゃんは二人向き合って座ってケーキを食べていた。
このケーキを持ってきたのは蒼だ。
彼の趣味はお菓子作りなので毎日腐るほど(本当に腐るほど)ケーキを作る。
一日十ホール。作りすぎだ。


蒼の家はケーキ屋さんだ。
両親の姿を見て始めたというお菓子作りは今やプロ級、だと思う。
彼は「両親に比べたらまだまだ」というが、店頭に並んでいてもおかしくない。
それほどに美味しい。


結構趣向を凝らしているので毎日食べても飽きないのだが、飽きないからこそ気になるものがある。
カロリーだ。
ケーキ一つのカロリーは見た目以上に(見た目通りか?)高い。
五十嵐に剣道でも習おうか。
そうすれば、少しは消費出来るだろう。


「でも、訓練とか…」


「真面目だねーイチちゃん」


「というか、五月部長に知れたときが怖いです」


「大丈夫大丈夫。私がフォローするから」


それでも彼女の表情は暗い。
ケーキを一口食べて、飲み込むと私は彼女に提案する。


「じゃあ、あなたの能力を教えて」


「私の能力ですか…」


「うん。私、知らないし」


彼女の能力が覚醒したのはほんの二月ほど前なのは知っている。
蒼と五十嵐の前で覚醒したそうだ。


「でもどう言えばいいのか、私も良く分かってないので」


「んーじゃあ、私が来ることを予知出来たってのはどういうこと?」


私が初めてS研を訪ねた日、蒼は彼女が予知したと言っていた。
そのときの状況を詳しく知りたい。
なんせ、予知したはずの彼女も予知した対象が私だったと知って驚いていたのだ。
どんな予知だったのか気にするなと言う方が無理だ。


「予知って言うよりも夢だったんです」


「予知夢?」


「はい。夢の中で私はここにいて」


彼女が部屋を見回す。
ここ、とは放送室の様だ。


「S研のメンバーが集まっていたんです。でもその中に一人だけ知らない女生徒がいて」


そこでイチちゃんは言葉を切った。
そして私を瞳に映す。


「それが、私だったのね」


「はい。でもそのときは顔がぼやけていて分からなかったんですが」


「それで?」


私は先を促した。


「いつもみたいに五月部長が五十嵐さんと双君、…あ、双君って」


「M研の二階堂ね」


「知ってるんですね、双君のこと」


「私も元M研だし」


二階堂双。
あまりM研には来なかったが時々その姿を見せていたので知っている。
ほとんど五十嵐に強制されてのものだったが。
彼の能力は操作。人を操ることが出来るのだ。
その能力は便利そうだが、彼は彼なりに悩みがあるらしい。


「そうでした」


イチちゃんは笑ってみせると先を続ける。


「二人を呼び出したんです。で、これまたいつもみたいに五月部長と五十嵐さんの言い合いが始まって」


そこまでならただの日常だ。
刺激的な日常を送っているのなら脳にその様子が刻みつけられても不思議ではない。
その為、部活のことを夢に見たのだろう。
まぁ、蒼の傍にいて刺激的でなかったことなど皆無だが。


「そしたら、その知らない女生徒が止めに入ったんですよ」


なるほど、その話を聞いて蒼は私が近々ここを訪れると分かったのか。
蒼と五十嵐の間に割って入る女子など私くらいのものだ。
他はみな遠巻きに見ている。
相手が源先生だと特に。


「私それに感動しまして、すっごいかっこよかったんです!」


きらきらした目が私を射抜く。
そんなかっこいいってわけでもないと思う。
むしろ揉めている二人を止めるのは当然だ。
だが、彼女の中で蒼を止めるというのは赤子が東大に受かるくらい無理な位置づけらしい。


先日の彼女の聞き返しはつまり「この人があのかっこいい人なんですか」という意味だったようだ。
分かってしまえばなんのことはない。


「夢を見たその日にこの話を五月部長にしたら楽しそうに笑って“ふぅん”って…」


「…楽しそうに?」


「はい。“帰ってくるんだ。良かった”って言ってましたよ」


どういうことだ。
“帰ってくるんだ。良かった”?
まるで私が帰ってこないと思っていたとでも言いたげない。
いや、そう思っていたのだろう。


なぜそんな風に…。
海外に行くとは言ったが二度と帰らないなんて言っていない。
確かに一週間の予定が二月程に延びてしまった。
その上、連絡も入れていなかったが…。


蒼でも不安になったりするのだろうか。
でも彼の場合、瞬間移動がある。
会いたければ飛んでくるなり、私を呼び出すなりすればいい。
それをしなかったのは彼自身だ。


「洋子先輩?」


「あ、ううん。なんでもない」


ちょうど会話が途切れたとき、おもむろに扉が開いた。


「あれ、なにしてるの二人して」


「能力会議」


「ケーキを食べながらですか?」


「休憩がてらね」


と言いながら先ほどからずっと休憩しかしていないが。
M研との話を終えたらしい蒼と姫ちゃんが帰ってきた。
蒼が私に近い位置に腰掛ける。
自分と蒼の分の紅茶を淹れてきた姫ちゃんはイチちゃんの隣に座った。
なんかこの状況…。


「ダブルデートしてるみたいねー」


その瞬間向かいにいたイチちゃんとその横にいた姫ちゃんが噴き出した。
幸いどちらも紅茶を口に含む前だったが、もし含んでいたら大惨事だっただろう。


「な、なんてこと言うんですか、木村さん!」


「えー変なこと言ってないけど?」


「十分変ですよ!洋子先輩と五月部長は恋人同士だから当てはまりますけど、私達は違うんで!」


「それもそうかー」


なんか、楽しい感じだったのにな。
なにかブツブツ言いながら(どうせお小言だろうけど)姫ちゃんが紅茶を飲み始める。


「で、なんの話してたの?」


「本当に能力の話だって」


「本当に?」


「本当ですよ、五月部長。洋子先輩が来るって予知したときの夢の話をしてたんです」


「あぁ、あれね」


「そうだ、蒼」


「なに?」


「私が帰ってこないと思ってたの?」


「……どうして?」


「イチちゃんの夢の話聞いて“帰ってくるんだ”って言ったんでしょ?」


対面でイチちゃんがあわあわしているような気がしたが無視した。


「イチ、そんなこと言ったんだ」


「す、すみません。その、なりゆきで…」


「あぁ、私が聞き出したからね」


もちろん嘘だ。
彼女は自分で言った。
だがここでフォローしなくては先輩として申し訳ない。
そもそも、その話を始めたのは私だ。
責任がないとは言い切れない。


「ふぅん。…まぁ、いいか。今回は」


次はない、ということだな。
蒼の言葉を脳内で変換する。
イチちゃんの脳内でも同じことが行われたようだ。
顔がみるみる青くなっていく。


「帰ってこないと思ってたっていうより、向こうで良い人見つけたりしてないかなと思っただけ」


「良い人…?」


「能力統率機関に行っていたんだろ?」


「なっ…!」


なんで知ってるんだ!!
そのことは誰にも言っていない。
どこかから情報が漏れることなんてありえないのに!


「あそこには優秀な人間が多いからね。一人くらい洋子のお眼鏡に適う人はいるだろうし」


皮肉な言い方だと思った。
彼が言いたいのは他でもない「浮気をしていなかったか」ということだ。
嫉妬こそすれど、そこまで信用されていないとは思えないし、思いたくもない。
もっと他に言わせたい言葉があるのか…。


「優秀だからって好きになるわけでもないけど」


言いながら、ここで言うべきことではないと思った。
姫ちゃんはまだしもイチちゃんがいるのだ。
この間の優也君ではないが、バカップルだと思われたくない。


「で、どうだったの?統率機関」


「いい、ところだったよ」


「…そうなんだ」


にこりと笑ったその下で一体なにを考えているのだろうか。
海外に行ってしまうのだろうか。
だんだん気持ちが沈んでいく。
あまりこのことは考えたくない。


「そっちは?」


「なんのこと?」


「M研と。なに話してきたの?」


「あぁそのことね。姫」


「合宿についてです」


説明は姫の役目、を彼は未だに続けているらしい。
M研にいた頃から事務的なことは全て姫ちゃんに任せっきりだった。
それはS研でも相変わらずのようだ。


「夏休みの合宿ですが、M研全員となると人数が多いので何人か選んでもらってその人達と僕らで合宿を行うことになりました」


「あ、そう。五十嵐は来るの?」


「当然部長だからね。というか来てもらわないとストレスを発散するところがないんだよ」


「五十嵐は蒼のストレスを発散させる為にいるわけじゃないと思うけど…」


今の段階でストレス発言があるということは源先生が顔を出すということだろう。
でなければ、彼にストレスを与える人物などいない。


「それにしても、洋子」


「なに?」


「裕次郎のこと気になるの?」


今度は私が噴き出す番だ。
飲みかけの紅茶を噴き出すことは免れたが、気管に入って咳き込む。


「大丈夫?」


イチちゃんと姫ちゃんが心配そうな顔を見せる中、蒼だけはにこにこ笑っている。
言葉にして大丈夫だと伝えようとしたが、咳の方が先に出て声にならない。
頷いて意を示しておいた。


「大丈夫じゃなさそうだね」


そういうと立ち上がった蒼が私の傍に立った。
そして私の背をさする。
正面から。
つまり私は蒼に抱きしめられる形になる。
イチちゃんが小さく声を上げ、姫ちゃんが呆れた溜息を吐いた。
恋人同士のそれというには雰囲気もなにもあったものではない。


「洋子」


私の耳に口を寄せて蒼は言う。


「洋子は僕のだよ。胆に銘じておいて」


その呟きは私の咳のせいでイチちゃんにも姫ちゃんにも届かなかったようだ。
普段は何気ない顔をしているくせに、時折こうやって独占欲を露わにする。
未だ私はそれに慣れずに赤面してしまう。


少し離れて「ね?」と笑った蒼に私は慌てて頷いて見せる。
目の端でイチちゃんと姫ちゃんが顔を見合わせて不思議そうな顔をしているのが見えた。






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