ずっと続くのかなとか、そんなのんきなことを考えていたんだ。


「もう卒業だなー」


会話の途切れ目に、新堂が呟いた。
それを聞いた岩下さんが口元に手を当てて綺麗に笑った。
福沢さんはちょっと悲しそうだ。
細田君の表情は太っていてよく分からない。
が、きっと彼も少し寂しいと思ってくれているのだろう。


荒井君が風間を見てクスリと笑って、風間はそれに突っかかっていた。
日野は部誌をパラパラと捲ってた手を止めて、顔を上げた。
坂上君は次に発行される学校新聞を編集していたが、その手を止めた。
私は全員の顔を見て苦い笑みを浮かべる。
もう、彼らと出会って半年以上が過ぎていた。


学校の七不思議。
その特集で集まったこのメンバー。
マンモス校であるこの学校で同学年の子はまだしも他学年の子と知り合えたのは一重に日野のおかげだ。
私はそんな日野に感謝し、集まってくれたこのメンバーにも感謝していた。


おおよそ半年前。
それまでは存在すら知らなかった人達と知り合えた。
学校の七不思議を話そうなどという特異な人達はその話以上に変な人ばかりだった。
それでもそれからの毎日が楽しくて。


彼らと出会えていなければ、今の私はいないだろう。
そんなことを考えていたとき、福沢さんがいつもの明るい声で言う。


「洋子先輩、変わりましたよねー」


「そう?」


「はい!だって最初に見た時、私、洋子先輩のこと根暗だと思いましたもん」


歯に衣を着せず彼女は言う。
私は一瞬キョトンとして、噴き出した。
彼女のこういうところが好きだ。
思ったことをよくも悪くもはっきり言ってしまうところ。


「内弁慶だからな、木村は」


日野がまた部誌をパラパラと捲って言う。
彼とは七不思議以前からの知り合いだ。
だからこそ、七不思議の特集に呼ばれたのだが。
ちなみにここは彼が所属する…いや、“所属していた”新聞部の部室だ。


つい先刻、廊下でバッタリと新堂に会った。
なんやかんやと話している内に、久しぶりに新聞部へ行ってみたいと思った。
そこで新堂にそれを持ちかけたのだ。
きっと面倒くさがるだろうなと思ったのだが、意外にも彼はこの話に乗った。


新堂と肩を並べて歩いていると、一人、また一人と懐かしい顔ぶれに会い、新聞部の部室に誘ってみるとみな新堂と同じ反応をしてみせた。
今、ここにはあの時この部屋にいた全員がいる。
思っていることは一緒だったのかも知れない。


「印象が変わらないのは新堂かな」


グラウンドを見つめていた新堂が私の声に顔を向ける。


「ずばりスポーツバカ」


私の言葉にふっと笑った新堂は「なんとでも言え」とまたグラウンドを見る。


「卒業したら、もう会えないんですね」


荒井君が暗い声で呟いた。
いや、いつもの声だったのかも知れないが、話題が話題なので寂しそうな声に聞こえたのだ。
それを聞いた風間が嫌な笑みを浮かべる。


「なんだい?荒井君。僕と会えないのが寂しいのかい?」


わざとらしく驚いた様子を見せると、彼は続けた。


「まぁ、可愛い後輩の頼みだ。ときどきなら会ってあげてもいいよ」


そういうと彼は右手を荒井君に差し出した。


「五百円で」
「あなたには今後一切会いたくないです」


風間の五百円請求とほぼ同時に荒井君が言った。
そんな二人が相変わらず過ぎて笑ってしまう。
もう、このやりとりも見れないんだ。


「岩下先輩って絵の学校に行くんですよね?」


福沢さんが岩下さんに話を振った。
それは初耳だ。


「そうなの?」


「えぇ、ちょっと自分でもやってみようと思って」


いつか彼女は絵が好きだと言っていた。
自分もやりたいなんて。
七不思議の時はそんな風ではなかったのに。
彼女も変わったのだろうか。
変わると言えば…。


「新聞部を継ぐのは坂上君?」


部誌を棚に戻している日野に声を掛ける。
七不思議特集は幸いなことに好評だった。
旧校舎が取り壊されるというタイミングも良かったのだろう。
おかげで坂上君は一躍有名人になった。


「いや、次の部長は二年部員だ」


「ふーん、そうなんだ。七不思議の記事良かったのに」


「学年序列でな。だが、期待はしてない」


平然と言い放った日野は席へ戻ると坂上君を見た。


「坂上、悪いが一年我慢してくれ」


「分かってますよ、日野先輩」


どうやらその辺りのことに関してはもう決着がついているらしい。
彼の活躍を見れないのは心残りだが、仕方ない。
それからしばらく沈黙が続いた。
帰ったっていいのに誰も帰ろうとしない。


「一つ、提案なんだがな」


そんな中、日野が口を開いた。
全員が彼を見る。
昼間に買ったであろう購買のパンを食べている細田君もだ。


「卒業してからも、時々こうやって集まらないか?」


日野がそう言ったとき、私の中で色々な思いが渦巻いた。
確かに、このメンバーとは良い関係だ。
それぞれがきちんと一人で立っているから付き合いやすい。
ストレスもない。


「俺はここにいる全員と元々知り合いだ」


七不思議の特集のとき、参加メンバーに声を掛けたのは日野自身だ。
彼はなぜか顔が広く、新入生を始め、果ては卒業生やその保護者まで知り合いがいるほどである。
そんな彼が集めた人物が私達。


「しかし、俺を介してではあるがそれぞれが知り合えた。関係も良好だ」


皆、思い思いの反応をするが、日野の言葉を否定するような反応を見せた者はいない。
あの風間と荒井君でさえ、軽く頷いていた。


「同窓会みたいなもの?」


「そうだ」


私の言葉に彼は頷いた。
正直なところこれは願ってもない提案だ。
さっき、新堂が“卒業”と単語を出したとき一気に寂しさが襲ってきた。
考えないようにしてたのに、と恨めしい気持ちもあった。
いつの間にか、ここにいる人達がかけがえのない友人になっていたのだ。


休み時間にわざわざ集まることもない。
休みの日に遊びに行くこともない。
ときどき廊下ですれ違って笑みを交わす。
その程度の関係だ。
それでも私は彼らと交わす一瞬の笑みが好きで、それだけでなぜか幸せな気持ちになれた。


「賛成!」


そう言って手を上げたのは福沢さんだ。


「せっかく先輩たちと知り合えたんだもん!」


彼女は私達の顔を見回すと更に高く手を上げた。


「私も賛成」


ゆっくりと上品に手の平を皆に見せたのは岩下さんだ。


「玲子ちゃんや岩下さんが言うなら僕も」


キザったらしい様子で同意したのは風間で、


「風間さんと同意見というのが不満ですが」


と荒井君が渋々手を上げる。
細田君はいつの間にかすでに手を上げて反対の手でパンを口に押し込んでいた。


「僕も賛成です」


坂上君もおずおずと手を上げる。
これで上げていないのは私と新堂、それに提案者の日野だけだ。
だが、日野は提案者だから上げなくても賛成なのは分かっている。


「木村さんは?」


岩下さんが静かにそう問う。
手を上げるのが遅れているが、決して反対するわけではない。
むしろ賛成だ。
皆が私と同じ意見だったという事実に驚いて、嬉しい。


「もちろん、賛成」


そう言って手を上げて新堂を見る。
目が合った私から視線を逸らして新堂はグラウンドを見たが、彼の瞳にそこは映っていない。


「新堂先輩?」


福沢さんが小首を傾げた。
動かない新堂に痺れを切らした私はツカツカと歩み寄ってその手を乱暴に取ると上に引き上げた。


「お、おい」


「どうせ賛成でしょ。はい、満場一致」


彼が私から目を逸らしたのも、グラウンドを見ながらもそこに意識がないのも、彼が照れていたからだ。
だって彼が言った言葉。
“もうすぐ卒業だな”には嬉しさや楽しさがなかった。
あるのは寂しいって気持ちだけだった。


私の言葉を否定せず、されるがままになっているのが良い証拠だ。
日野を見て私は頷いた。
話を進めてくれ、という合図。
彼はそれに頷き返すと笑みを浮かべる。


「皆が俺と同じ意見で安心したよ」


全員が手を下す。
一見強いように見える私達だが、そこにあるのは他の子と同じ心だ。
強いわけではない。
皆、どこかほっとした顔をしている。


「じゃあ、卒業なんて関係ないですね!」


風間がどさくさ紛れに肩に手を回そうとしたが、それを上手く避けて福沢さんが言う。
それを見て荒井君がニヤリと笑っていた。
また、二人の間に火花が散り始める。


「そうね」


そんな二人を背景に岩下さんがまた笑う。


「名前、付けようか。この会に」


私の提案に福沢さんが大きく頷く。


「いや、それならもう候補がある」


どんなのがいいだろうか、と頭を悩ます前に日野が言った。
さすが日野、というべきか。
相変わらず抜かりない男だ。


「どんな名前ですか?」


荒井君がなにか言っている風間を無視して言う。


「それはな…」


日野のその意見にも、私達は賛成した。
まさに私達の関係と言えるかも知れない。
それまでなんの接点もなかった私達がある日を境に仲良くなって、クラスメイト達は首を傾げていたから。


今ここに、七不思議会が結成された。






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