ある程度、予想はしていた。
それでも、その現実を突き付けられると眩暈がした。
言葉を理解してその意味を理解して。
なんと返せばいいのか分からない。


「えーっと。木村さん、って言ったけ?」


問われているのに返事も出来ない。


「聞こえてた?」


頷くことさえ出来ずに彼を見上げた。
少しその視界が滲んでいたが、ここで目を擦ってしまっては泣いていると悟られると思い耐える。
きっと彼はもう気付いているのだろうけど。


「念の為にもう一回言っておくと、僕は君とは付き合えない」


あまり申し訳ない様子はない。
それでも彼は「ごめんね」と言った。
その言い方も、謝っているとは思えない。


卒業式を間近に控えたある日。
私はある男子生徒を体育館裏に呼び出していた。
片思いをしていた相手、風間くんだ。


彼にはとにかく噂が多かった。
顔がいい上に、女好き。
何人もガールフレンドと思われる女の子を見掛けた。
しかし、その誰とも真剣に付き合っていないという噂も聞いた。


傷口に塩を塗る様に彼は私に最後の鉄鎚を下す。
もう一度強い眩暈を感じた。
泣くつもりなんてないのに、涙は言うことを聞いてくれない。
フラれて泣くなんて。
自分が許せない。


「あぁ、ごめんね。泣かすつもりなんてなかったんだけど」


袖口で涙を拭う私に彼はそう言うと、「うーん」と唸る。
本当ならさっさと去るなりなんなりしてほしい。
それとは反対にまだ傍にいてほしいとも思う。
彼と私の接点など、これまでもこれからもない。
今だけなのだ。


「お詫びに僕の秘密を教えてあげよう」


そう言った彼は周りをキョロキョロ見回すと一歩近寄って小声になる。
本当なら嬉しいはずだが、今はその嬉しさも薄れていた。
彼は私の耳に唇を寄せるとなにやら囁きは始める。


「実はね、僕は宇宙人なんだよ」


彼はさっと離れると、ポカンと口を開けている私を見て笑った。
そんなことを言われても信用できない。
彼はどこからどう見てもただの人間だ。
冗談か、はたまた頭がおかしいのか。
そう思う私だったが、彼は自信満々だ。
仮にどちらかが真実だとしたら後者だと確信する。



「その顔、さては信じてないね」


そうは言われても信じられるわけがない。
風間くんが宇宙人だなんて常識外れにもほどがある。


「…信じられるわけ、ないよ」


いつの間にか涙は止まっていたが、鼻声までは治らずに仕方なくその声で私は言った。
風間くんはふぅと息を吐いて、「いいかい?」と目を光らす。
その目がどこか金色に光ったように見えた。


「僕の使命は、君たち人間が食料になるかどうかを調べることなんだ」


地球が食料庫になるのか調べる。
その為には人間たちに溶け込み、その生活を体験する必要がある。
彼はそう熱弁した。
自分が体験したのは学生という枠だけなので、これから社会に出て食料になるかどうかを見極めねばならない。
そんなことを聞かされても到底信じられない。


「い、一体なに星人なんですか?」


そんなことを聞いたからといって宇宙人だと信じられるわけではない。
それでも聞かずにいられなかったのは、私がその非現実的なものに僅かながら興味を抱いているからだろう。
ここは風間くんに乗ってみるのも面白いかも知れない。


「…まぁ、差し支えないからいいだろう」


また彼は周りをキョロキョロと見回す。
今は放課後で更にここは体育館の裏だ。
誰もこない。
ましてや、今は冬で外は寒い。
わざわざ外をうろうろする生徒など皆無である。


「僕はスンバラリア星人なんだ」


「スンバラ…」


「しっ」


風間くんが慌てた様子で私の口を塞ぐ。


「もしかすると、僕以外にもここに潜入している者がいるかも知れない」


彼の目は真剣そのもので、冗談を言っているようには思えないがこれが真実だとも思えない。
よく出来た設定だと思う。
“スンバラリア”なんて、“素晴らしい”って言葉から取ってるとしか考えられない。


「僕はこの学校を卒業したら一旦、スンバラリア星に戻らなきゃいけないんだ」


上官に報告をしなければいけないからね。
と、彼は胸を張る。
上官とやらはすごい人らしい。
少なくとも彼は尊敬しているようだ。


「ま、そういうわけで君とは付き合えないんだよ」


しつこいくらいに念を押されて、もう笑いが漏れた。彼は不思議そうな顔をする。


「なにがおかしいの?」


「いや、付き合えないってのはもう三度も聞いたから」


呆れたように笑った私に彼はなるほどと呟くと、「これも上官に報告しなければ」と言った。
彼はブツブツと「人間はショックなことが続くと笑うのか」などと言っている。


「星から帰ったら、付き合ってもらえたりはしない?」


星から、なんて言葉に自分で吹き出しそうになりながらも言い切った。
彼が何星人であれ、私は彼を好きだ。
確かにちょっと変な人だけど、それは以前から知っていたことで、今さら星がどうのと聞かされてもそれすら受け入れられそうである。


「うーん、それは難しいだろうね」


渋い顔で彼は言う。


「君は真剣な交際を望んでいるんだろう?」


真面目な顔で彼が言うものだから私も笑えなくて、大人しく頷いた。
私の頷きを見て、彼はまたもや唸る。


「他の女の子たちは遊びのつもりで寄ってきてたからそれなりの対処で良かったんだけど」


どこか別の場所を見た彼はそう言って、今度は私を見る。
好きな人の視界に入れるということは嬉しいもので。
それだけでもこの告白に意義があるように思えた。
自分の気持ちにケリを付ける、という意味ではどんな告白も無駄ではないのだけれど。


「君はそうはいかないからなぁ」


それはつまり、遊びで良いなら付き合う、ということらしい。
でもそれは彼の言う通り、私の望んでいることではない。
それはあの大勢のガールフレンドになるということだ。
きっと私は欲を出してしまう。
彼を一人占めしたいと思ってしまうだろう。
そうなれば、彼が離れていくことくらい考えずとも分かる。


「仮に僕が君を好きでも、上官が許してはくれないだろうし」


「どうして?」


真っ暗に見えたそこに光が見えたので思わず手を伸ばしてしまった。
食らい付くような言い方をしてしまったが彼は特段それを気にせず続ける。


「君たち人間は食料だからさ」


…確かに。
スンバラリア星人とやらは私たちを食料として見ているのだ。
捕食する側と捕食される側の恋愛など許されるとは考えにくい。


「認められる方法はないんですか?」


「んーそうだねー」


私は大人しく彼の返答を待った。
きっと何か方法はあるはずだ。
なぜそう確信したのか。
その方がきっと面白いからである。
スンバラリア星や、彼自身が宇宙人だという話は恐らく彼の作り話だろう。
それなら、こういうイレギュラーなものは面白いはずだ。


「ないこともないが、あるとも言えないかな」


ほら、きた。


「上官が認めてくれるかどうかは不確かなものだし、命が危険にさらされるかも知れないよ?」


彼は「それでもいいのかい?」と確認を取る。
考える必要すらなかった。


「どちらにしろ、このままなら私は食料になるのを待つだけだよね?」


「そうだね。まだ当分先だろうけど」


どうせ命を失うのなら、一緒のことだ。
やるか、やらないか。
それだけである。


「その方法、教えて」


挑戦的な目を向けた私に彼は笑みを一つ寄こして言う。


「こんなこと前代未聞だからね。前例はない、と先に言っておくよ」


私が頷くと彼はどこか楽しそうな様子を見せる。
その気持ちはなんとなく理解出来た。
自分が始めた遊びがブームになったような感覚だろう。


「上官に認められる為には、君が食料になるには惜しい人材だと思わせることだ」


つまりスンバラリア星人に“殺さず手元に置いておきたい”と思わせる人物になる必要があるらしい。
そんなものにどうやったらなれるのかは分からないが。
考えても始まらないので先を促すことにした。


「具体的には?」


「僕らスンバラリア星人にはないものを身に付けるのがいいんじゃないかな」


そうは言われても、スンバラリア星人の設定を詳しく聞いていない。
その得体の知れない星人が何を欲しがるのかが分からない。


「例えば、人間とは思えないようななにか」


更に訳が分からなくなった。
人間なのに人間とは思えないとはなんなのか。
彼は色々考えているようだったが、到底無理な気さえしてくる。
ハードルが高すぎる。


「光線銃で撃っても死なない、とか」


「それはさすがに…」


転んだ際の打ちどころが悪くても死んでしまうかも知れないのだ。
光線銃で撃たれたならすぐに死んでしまうだろう。
もっと他になにかないだろうか。


「あ、接近戦はどう?」


「接近戦…?」


「そう。空手とか柔道とか。僕らは懐に入られると弱いんだよ」


生憎、そういったものを習っていた経験はない。
ただし、それならば方法があった。


「それって今からでも間に合うかな?」


「まぁ、さっきも言ったけどまだ君たちが食料になると決まったわけじゃないからね」


頑張り次第というわけか。
それならば出来そうな気もする。
彼の話を真に受けているような気がしてならないが、彼への気持ちが揺らがない限りこの一興に付き合うのもいいだろう。


「接近戦が出来るようになったらどうしたらいいの?」


「その時は僕がスンバラリア星に連れて行ってあげるよ」


それは楽しそうだ。
本当にその星があれば、の話だが。


「そこで誰かと戦うことになると思う」


なるほど、接近戦が出来ると証明するわけか。
心配せずともそんな日がくるとは思えないから護身術でも習いに行くつもりでいればいいだろう。彼がこの設定に飽きればそれまでの話だ。


「分かった。やってみる」


「本当にやるの?」


意外だと言わんばかりに彼が目を丸くする。
当然、彼は困るだろう。
遊びのつもりで言った言葉が一人の人を動かしたのだ。
諦めてくれた方が彼にとっては楽である。
だがあえて強気でいくことにした。


「もちろん。それで風間くんと付き合えるなら」


「本気ってわけだね」


愚問である。
本気でなければ告白などしない。


「分かった。上官には僕が話しておくよ。君がいいと思ったらいつでも連絡して」


そういうと彼はポケットから生徒手帳を取り出すとその間から紙を取り出して寄こす。
携帯の番号が書かれたそれを私は大事にポケットへ仕舞う。
いつもこんなものを持ち歩いているのかと思ったが、きっと気に入った女性を見掛けたら渡していたのだろう。


「もう一回言うけど」


「認められるとは限らない?」


彼より先にそう言った私を彼は驚いた顔で見ていた。
そして頷く。
そんなこと百も承知だ。
前例がないのなら私がその前例とやらになってやろうじゃないか。


さあ、宇宙戦争を始めましょう。






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