暗がり。
隅っこ。
夕日の光。


誰かが手を伸ばしてくれるのを待っている。
ここに来る人など限られているのに。
誰かではなく、その人を待っているのに。
誰か、などと言ったのは私のプライドなのだろう。


廊下から足音が聞こえておもむろにドアが開いた。
カチャリ、と音がして外の空気が入ってくる。
その人は電気のスイッチを入れると小さく悲鳴を上げた。


「木村か…?」


名前を呼ばれたので顔を上げる。
新聞部部長、日野。
ここは新聞部の部室だ。
ここに来るのは新聞部以外におらず、更に今日クラブ活動はない。
そんなときに他の部員がくるとは思えない。
来るとしたら日野だと分かっていたのに。
彼が来たことに驚いている私がいる。


別に彼は私の手を取りにきたわけではない。
ただ、部活の用事があったのだろう。
それでなければここにはいまい。
その証拠に彼は私を無視してなにやら探し物をしている。


互いに声を掛けず、私は未だ冷たい床に座り込んで膝を抱えている。
窓際の壁にもたれるように座ってるため、背後から楽しそうな笑い声が聞こえた。
女子生徒が下校中のようだ。
腕に頭を乗せて目を閉じる。
今、この空間には彼と私しかいない。


心が満たされる。
まるで彼が私だけのものかのように錯覚する。
本当にそうだったらいいのに。


この目を開けても。
誰かの声が聞こえても。
この部屋を出ても。
彼が違うところにいたとしても。
彼が私のものならいいのに。


「木村」


そうやって彼が紡ぐのが、私の名前だけならいいのに。
それ以外、口にしなければいいのに。
危険な妄想が頭を巡る。
こうも彼を欲しているのはなぜだろう。
もう、恋や愛ではない気がした。
もっとどす黒い、なにかだ。


「洋子」


それは私個人を差す名前。
ようやく目を開いた私は、首だけを起こして日野を見た。
彼も私を見ていて、当然視線は交わった。
ずっとこの視線を繋ぎ止めておくにはどうすればいいんだろう。
眼球を抉ればいいの?
どうすればいいんだろう。


「なにを考えている?」


「……日野を一人占めする方法」


隠そうかとも思ったが曝け出すことにした。
下手に隠し事をするのは利口じゃない。
こういう思考を私が持っていることを彼は承知している。
もう、今さらである。


「それは難しい話だな」


「うん。だから困ってる」


ここなら一人占め出来るかと思った。
今日は部活動がない。
それはつまり他の部員が来ないということで、学校内ならその関係者以外は入ってこない。
教師もここへは立ち寄らないだろう。
そうなると来るのは日野一人。


しかし、いざ彼と二人になろうとその距離がゼロになるわけではない。
今も、私と日野の間には距離がある。
いつだってゼロにしたいのに。
いつだって叶わない。


本当はそんな方法なんてない。
彼は一個人である。
私も同じだし、他の人だって同じだ。
それぞれ違う思考を持っていて、それぞれ違う道を歩んでいる。
時々それが交わったりするけれど、交わって終わりではない。
その道はまだ長いのだ。
むしろ交わったあとはだんだんと離れていく。


「どうしたい?」


静かに日野がそう聞いたから私は答えた。


「私のものにしたい」


「そうだな…」


日野はそう言って考え始めた。
彼がなにを考えているのかなど分かるはずはない。
それでも望むのは、彼の脳内に私しかいないことだ。
私のこと以外、考えないでいい。


「俺はそのつもりなんだけどな」


そう零して、日野は身を屈める。
ぐっと近くなった距離。
まだ遠い。


「それはお前がそうだからじゃないか」


彼の差す“それ”も“そう”もなにを差しているか分からない。
自分の発言を思い出す。
“それ”とは私が彼を自分のものにしたいと思っていることか。
ならば“そう”とはなんだ。
あぁ、そうか。
私が日野のものじゃないからそう思うのか。


「私は日野のものだよ」


「本当にそうか?」


そう言い切れるのか、そう言われてもそう思っているのだから仕方がない。
私はそのつもりだ。
あ、


「日野も同じ?」


「…お前の考えていることを全て知ることは出来ないがそうだろうな」


立ち上がると背筋を伸ばした。
遠かったような気がしていたのに、思っていたより近かった。
なんだ、一緒だったのか。
それを知って軽くなった。
自分ばかりが彼を好きなのだと思っていたから。


「日野」


「なんだ」


「一人占めしたいときは言ってね」


そしたら、私はすぐにあなたの元に行くよ。
お互いにお互いを一人占めしよう。
そう言った私を日野は軽く笑って。
それは彼なりの了解の印なんだと思った。


僅かに空いていた距離をゼロにして、彼の心音を聞きながら目を閉じた。
今、彼は私のものだ。






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