あー、また変なことしてるなー。
そう思って三階の窓から中庭を見る。
中庭には大きな木がデンと立っている。
それを囲むようにタイルが並べられ、生徒は上靴が汚れないようにそこを通るのだが。
一人、そんなタイルの境界線を無視して木に近寄った人がいた。
芝生を踏まないでくださいと書かれた立て札と、入らないようにと張られたロープを超えて。


彼は大きな木に寄りそうととても幸せそうな笑顔を浮かべている。
いや、ここから彼の表情はうかがえない。
彼はちょうど私に背を向けているからだ。
ではなぜ、そんなことが分かったのか。
私は以前に、彼のその行為をちょうど同じ高さで見たことがあった。


そのときを思い出して尚更変な人だと思う。
彼は木から顔を離すと、なにやら木に語りかけ始めた。
周囲の生徒は怪訝な顔をして過ぎて行く。
彼を中心に円が出来ているかのように、彼になるべく近付かないように避けて通る。
中にはほんのり頬を染めている女子生徒もいるが、それは彼の顔の良さがそうさせているのだ。
無駄に、と言ってしまっては失礼だが、彼は本当に顔がいい。


あれで新堂の様なキャラだったら、普通にモテていただろうに。
全くもって勿体ない。
まぁ、あのキャラだからこそ、あの顔が引き立つのかも知れないが。
あの自信満々な態度さえなければ、それこそどんな女性を落とすことも出来るだろう。


学年一の不思議ちゃん。
それこそ、それを装っている同学年の女子などよりぶっ飛んだ不思議ちゃんだ。
それもそうだ。
後者はなにを狙ってかは知らないがそれを装っているだけだ。
しかし、彼の場合。
それは本物であり、なんというか隙がない。
いつもあのキャラである。
それでいながら高身長で顔もいい。


敵も多いが、彼はあの変な魅力で人を惹き付ける。
一人でいることは多いが、だからと言って嫌われているわけでもない。
いや、実際に嫌っている人もいるが、どこかで彼を面白く思っている人、その容姿に惹かれる人の方が多い。


彼は三年間、あのキャラだ。
最初こそ学年一の嫌われ者だったが、そのキャラに慣れてくるとそれが楽しくて仕方ない。
次は彼からどんな話が飛び出すのか楽しみでしょうがない人までいる。
その話が本当であろうとなかろうと関係ないのだ。
その一時を楽しめれば、それでいい。


「飽きねーなー。お前も」


そう言って私の隣で窓を覗きこんだ男子生徒。


「なんだ、新堂か」


「悪いかよ」


「別に」


「なんだそれ」


そう言うと、新堂は持っていたパックのジュースを寄こした。


「なに?」


「やる」


「なんで?」


「この間ノート借りたろ。その礼」


別に良いのに。
そう言おうかと思ったけど、やめておいた。
一つお礼を言ってストローを差し、口を付けた。
こいつは妙に律儀だ。
体育会系だからだろうか。
新堂とは三年間同じクラスだ。
席も何度か隣同士や前後になったことがあり、仲は良い。
と思う。


なぜはっきり言い切れないかと言うと、彼の方には多くの友人がいるからである。
新堂にとって私はその中の一人であって、大して特別には思われていないだろう。
まぁ、特別に思われてもそれはそれで考えてしまうのだが。


「あんなののどこがいいんだ?」


あんなの、とは現在進行形で木に向かって頷いている彼のことを指すのだろう。
もうすぐ昼休みも終わりなので、中庭の人はまばらだ。
彼ももうそろそろあそこを離れて教室に戻るはずだ。


「どこがいいって…別に…」


そういう意味で見ていたわけじゃない。
そう言い掛けて思い留まる。
新堂のいう「どこがいいんだ」は、「なんで興味があるのか」ってだけかも知れない。
そう思うと余計なことは言えない。


彼を知ったのは一年の時で、当時からあのキャラで周りから浮いていた。
その為、なんとなく見るようになって現在もそれが続いているだけだ。
そこには恋愛の感情はない。
ただ純粋な興味。


「言葉を濁すってことはそうなのか?」


目を丸くして新堂が私を見た。
そして段々とその表情を崩してニヤニヤし始める。
新堂は、人の恋愛事に首を突っ込むのが好きだ。
こういうところは女子生徒と一緒だな、と思う。
彼女たちもまた、人の恋愛事は好物だ。
まぁ、だからこそ彼は女子とも上手く馴染めているのだろうけど。


彼がこんな顔をしているところを見ると、先ほどの新堂の問いは私が思っていた方向であっているらしい。
迂闊に答えなくて良かった。
それだけで一週間はからかわれそうだ。


「好きってわけじゃないよ」


「なら、なんで濁したんだよ」


「“異性として好きじゃない”なんて答えたら、“そういう質問にとったのか”と言うでしょ?」


私がそう言い切ると、少し間を開けて新堂は笑った。


「お前ってそういうとこ冷静だよなー」


「もう新堂との付き合いも三年目だし」


「恋人同士なら倦怠期だな」


三の期間で倦怠期、だなんて男なのによく知っていると思う。
それだけ女と話しているということだろうか。


「とにかく、私は別にどうも思ってないよ」


「どうも思ってないやつを昼休みにじっとみないだろ?普通は」


「…訂正すると、ただ単に興味はある」


新堂が何か言いかけたがそれを遮って続ける。


「でもそれは、異性としてではなくて人として興味があるだけ」


中庭から新堂に視線を移すと彼は一つ頷く。


「なるほどな」


「そういうこと」


そしてまた中庭に目をやった。
彼はもうそこにはいない。
あと五分で昼休みが終わる。
今ごろ教室に戻る為に校舎を歩いているのだろう。


「さて、教室戻るか」


会話の合間に飲んでいたジュースは残り少なくなっていた。
新堂が背を向けて教室に入る。
廊下の向こうから社会科教師が資料を持って歩いてきていた。
私たちの次の授業は数学だ。
ということは別のクラスの授業なのだろう。
なんとなく気になってその教師を見ていた。


教師が横に避ける。
いや、正確には落としそうになった資料を抱える為に身を屈めたのだが。
その向こうに彼がいた。
彼は中庭の木を見ていた目を私へ向ける。
そして目が合うな否や、にこりと笑うと軽く胸の辺りで手を振った。


私はそれから目を背けることもなく、パックに残っていたジュースを一気に飲み干すと彼を無視して教室に入る。
そして近くにあったゴミ箱にそれを投げ捨てた。
あいつは女の子好きとしても有名だ。
きっと私が女子制服を着ていたからあぁいう態度を取ったのだろう。


席に着きながらまだ開いていたドアから廊下を見る。
その証拠に彼はこちらを見ずに過ぎて…。


え?


彼が教室の前を通り過ぎるとき、私を見て笑った。
すぐに入ってきた誰かがドアを閉めてしまったけど、確かに彼と目が合った。


慌てて目を逸らす。
心臓がバクバクと血液を全身に送り出す。
いつもより早い。
鮮明に、まるで写真を切り取ったように彼のあの笑顔が浮かぶ。


斜め前の席の新堂が、「大丈夫か」と声を掛けていたが半ばそれを無視していた。
おい、と肩を揺さぶられて初めて気が付く。
先ほど、新堂に言ったことを訂正しなければいけないかも知れない。
そう思いながらとりあえず、「大丈夫」と答えた。





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