なんていうか、電気が走った。
本当に赤い糸があるのならこの人と繋がっていてほしいと思った。
もし他の人に繋がっていたら…。


「日野!!」


廊下を行く彼を呼びとめた。
振り返って私を見た瞬間に眉を寄せたのは日野貞夫。
クラスメイトである日野は頭脳明晰、素行良し、その上新聞部で部長なんてものもやってる。
本当は委員長にも推されていたが、部が忙しいって理由で断っていた。
そんな彼と私の関係はただのクラスメイトである。
友達と呼ぶにはまだ遠いその関係は日野が私をあまり好いていないから成り立つものだ。


「なんの用だ、木村」


目の前に本人がいても眉間の皺を消そうとはしない。
むしろそれを深くしている。
それを見ても私に怒りは沸いてこない。
申し訳ないという気持ちもない。
こそこそ嫌われるより、こんな風に態度に出された方がましだ。
近付いて掴みかからんばかりに話し掛ける。


「今日の昼間話してた人!」


「昼?」


「そうっ、昼休み!」


今日の昼休み。
学食から帰ってきたとき、ちょうど日野が誰かと話しているのが見えた。
それは見たことのない人で。
いや、もしかしたらすれ違ったりしてたかも知れないけど。
とにかく、私の記憶にその人はいなくて。
そのとき初めて飛び込んできたのである。


もちろん名前なんて知らない。
組も昼間に知ったくらいだ。
本来なら、それほど気にもしない。
ただ廊下で話していただけの男子生徒だ。
その上、私は彼を見ていたけど、彼は私に目もくれなかった。
それでもなぜか彼には運命のようなものを感じてしまっている。


だから、彼と話していた日野を呼び止めたのだ。
元より、日野のこの反応は予測してた。
日野は私と必要最低限のことしか話そうとしないから。
私のなにがそうさせているのかは理解している。
彼は私の“要点をまとめて話さない”のが嫌いなのだ。


彼は今もイライラした様子を隠さない。
一言で足りることを二言三言にするのが許せないようだ。
更に、先ほどの私の質問がそれを助長してしまった。
まさしく彼が嫌っている効率の悪い質問をしたから。


「あぁ、新堂のことか」


あの人は新堂というのか。
昼間、ドアの縁に手を掛けて日野と話していた彼。
気だるげな様子は、真面目な子に嫌われるのだろうなと思う反面、なんとなく彼に似合っていて格好良かった。
そして私は一目惚れしたのだ。


「新堂がどうした?」


日野は早口で言った。
早く離れたいらしい。


「彼女いるの!?」


「主語がない。が、話の方向性から見て新堂のことか。いないんじゃないか」


「紹介して!」


「断る。なぜ俺がそんなことをしなきゃならないんだ」


鬱陶しそうに、日野は校庭に目を向ける。
そして僅かに目を開いた。
なにかを見つけたようだ。


「自分で声を掛けたらどうだ」


そう言って日野が指差した先。
そこには数人の友人と校庭を歩く彼がいた。
楽しそうだ。


「そうする!」


日野に礼も言わずに私は駈け出した。
途中で教師が「廊下を走るな」と叫んだが無視する。
今走らなくていつ走れというのか。
私にとって今は走らなければならない時なのだ。


靴に履き替えている時間はない。
上履きのまま校庭に出る。
普段とは違う感覚が少し気持ち悪かった。
それでもすぐに慣れてしまって、まるで避難訓練のようだと思う。
ということは私の避難場所は彼か。
そう考えて顔がにやける。


彼はもう校門の辺りにいた。
誰かを待っているのだろう。
友人と談笑しながらクラブ棟の方を見ていた。
これなら間に合う。


「新堂くん!」


普段は男子生徒を呼び捨てにしている為、変な感じがした。
それでも第一印象をなるべく良くしたかった。
彼は戸惑っているようだ。
当然か、彼は私のことを知らないのだ。
周りの友人が「知り合い?」などと聞いていたが、彼は首を横に振るだけだった。


ようやく校門に辿りついて、私は肩で息をしながら膝に手をつき彼を見上げる。
こんな言葉しか出てこないけど、格好良い。
当の彼はさきほどの日野と同じように眉間に皺を寄せていた。
それも様になっている。
一目惚れとは怖いものだ。


「誰だ?」


「あ、あの、日野と同じクラスなんだけど…」


「…悪ィ。分かんねーわ」


「そうじゃなくて…」


自己紹介をする気でいたのだが、息が切れて上手く話せない。
それに加わって緊張の為、言葉が浮かばない。
どうすればいいんだろう。
名前を言って、それから、それから…。


「日野と同じクラスの、木村洋子って言うんだけど」


「あ、あぁ…」


それから、どうしよう。
とりあえず友達になるにはどうすればいいんだっけ。
友達になってください?
そんなこといちいち言わない。
なんで新堂と友達になりたいの?
それは、


「新堂くんが好きです」


考えていたら、口を衝いて出てしまった言葉。
一瞬、彼は固まって、一気に赤くなった。
その様子を見て、可愛いなどと思ってしまったのだから止まらない。
予定にはなかった告白もしてよかったと思えてしまった。


彼の友人は驚いている者や口笛を吹いて茶化す者、新堂の反応を見てにやけている者。
色々だ。
その反応に我に返った新堂は、私の手を引いて離れた。
後ろから「先帰ってるからなー」とか「やったな、色男!」などと声が掛かる。
どの声も無視して彼は足を進める。
彼は早足だが、私は小走りだ。


掴まれた腕とか、彼の歩調について行けなくて走る足とか、全部が嬉しい。
彼を追えと言った日野にも感謝しなければならないと思った。
きっと最大のお礼は今後一切、彼に話し掛けないことなんだろうけど。
明日、嫌がられるのは承知でお礼を言ってみよう。
お礼だけなら許してくれるはずだ。


「お前、何考えてんだ!」


人通りの少ない校舎脇。
そこで彼は私の手を離すと振り向いてそう言った。
サラサラの髪がふわりと揺れる。


「いやぁ」


特に何も。
そう言った私を見て彼は深い溜息をついた。
本当のことだ。
本当になにも考えていなかった。
だからこそ告白なんてしてしまったのだ。


「お前はなにがしたんだよ」


彼に迷惑そうな様子はなく、ただただ困っているようだ。
それはそうだろう。
突然友人の目の前で知らない女から告白されたのだ。
戸惑っても仕方あるまい。


「えっと、友達になりたくて」


キョトンとした顔になって彼はまた溜息。
今度は呆れているらしい。
彼の表情一つ一つが楽しい。もっと見ていたい。


「友達になりたいのになんで“好き”なんて言うんだ?」


「えーっと、好きだから、かな」


「……つまり“好きだから友達から始めましょう”ってことか」


「うんそう、それ」


なんと順応性の高い人なんだろう。
日野と初めて会話したときを思い出す。
鬱陶しがられても私が日野に話し掛けるのは居心地がいいからだ。
私の言いたいことをすぐに勘付いてくれる。
他の人ならこうはいかない。
だいたい、笑われてそれで終わり。


彼はもう私という人を理解しているように思えた。
本当にそうでなくてもいいのだ。
私がそう思ったのだからそれでいい。
ますます好きになるのが分かる。


「はっきり言って、今は誰かと付き合う気はない」


「うん」


「木村って言ったか。お前のこともよく知らないしな」


「うん」


「…冷静だな」


「そう?」


それは、はなから期待していなかったからだ。
期待を裏切られたわけではないから、当然悲しむこともない。
だって彼は私を嫌いだなんて言ってない。
迷惑だ、なんて言ってない。
つまりまだ可能性があるのだ。
悲観することなど、なにもない。


「友達になってくれる?」


「あ?…そうだな…」


新堂は考え始め、やがて一つ頷く。


「分かった」


「やった!」


飛びあがらんばかりに喜ぶ。
そんな私に新堂は呆れたような笑顔を向けた。
あぁ、やっぱり格好良い。


「私、新堂とは赤い糸で結ばれてる気がするんだよね」


「は?」


友達なのだから、もう“くん”付けはいいだろう。
そう思って敬称を取った。
いきなり呼び捨てにされたことは気にしていないようだ。


「そんなもん信じてるなんて、子供かよ」


バカにしたように笑った新堂に怒りなど沸いてこない。
ひたすらに愛おしい。


「子供でもいいの。私と新堂は赤い糸で結ばれてるから、なにがあっても最後は私たちは結ばれるんだから」


「わかんねーぞ。俺がお前を好きなわけじゃねぇからな」


校門へ向かいながら、新堂は言う。
その後を追いかけて私も返す。


「絶対結ばれる。もし、お互いの赤い糸が別々の人と繋がってたら…」


「繋がってたら、どうすんだよ」


足を止めた私を振り返って新堂は挑発的な目を向けた。
変えれるものなら変えてみろ、と言ってるように思える。


「無理やりにでも繋ぎ直してやる」


そう言った私を鼻で笑って新堂は足を進める。
彼が「くだらねー」と笑い、私はそれが嬉しくて笑う。
ずっとこうやって笑い合っていたい。


もし彼の赤い糸の先が私でなかったなら、どんな方法を使ってでも私のものと繋いでやる。
例え、魔王に魂を売り渡しても。





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