目の前でニコニコと笑っている男は、私と目が合うと笑みを濃くした。
私が溜息を吐こうと眉間に皺を寄せようとそんなことはお構いなし。
ひたすらに私の様子を観察している。


「風間…」


「ん、なんだい?」


小首を傾げた風間は嬉しそうな声で言う。
そんなに私に声を掛けられて嬉しいのか。


「あんまり見ないで」


「君の願いはなんだって叶えてあげたいけど、それは無理だね」


そう言って風間は眉を下げる。
また一つ溜息を吐いて私は鉛筆を握った。
なるべく風間を意識の外に追いやって。


今、私は絵を描いている。
決して巧くない。むしろドがつくほど下手だ。
それでも頑張っているのは、やはり上手くなりたいから。
どれだけ描いても出来るのは実物とかかけ離れたものばかり。
猫を描いているはずなのに、生まれるのは熊や未確認生物。


そんなものばかりか書き連ねられていくノートを見ても、風間は馬鹿にしない。
ニコニコと楽しそうに笑ってはいるが、それは絵がおかしくて笑っているのではないことは分かっていた。
こいつは私といるのが嬉しいらしい。


先ほどからおおよそそれとは思えないことばかり言っているが私と彼の関係は恋人だ。
しつこいくらいのストーカー行為に私が音をあげて付き合いだしたのだ。
どうなることかと思われたこの関係だが、驚くほどうまく行っている。
相変わらず全力の愛情表現には戸惑うことも多いが、それでも私が本気で拒めばそれ以上はしてこない。


「ねぇ」


鉛筆を止めて私は風間に問う。


「これ、なにに見える?」


さきほど描き上げたものを指差す。
一応キリンのつもりだ。
ちゃんとそう見えるだろうか。


「うーん、そうだね…」


風間は顎に手をやって考え込む。
元々、考え込まなければならない絵でもない。
単純なものだ。
それほど回答に困るようでは、絵は上手くなっていないらしい。


「かたつむり、かな」


「か、かたつむり…?」


予想の斜め上をいく回答だ。


「一体どの辺が?」


「これが目で、これが殻」


彼が目だと指差したのは当然目ではない。
そして、殻だと指差したのも違う。

「キリンなんだけど…?」


「あれ、そうだったのか。残念だな」


どこをどう間違ったのかな、などと言いながら風間はまじまじとノートとにらめっこを始めた。
ショックだ。これでも頑張ったのに。


私に絵の趣味はない。
見るのは好きだが、描く方はてんでダメだ。
物の特徴を捉えるのが苦手なようで、どうしても理解しがたい絵を描いてしまう。


そんな私が頑張って絵を描いているのは、目の前の男に褒めてほしいから。
ストーカー行為で参っていたころはこんなこと予想もしなかった。
どうやら、私は心底彼に惚れているらしい。


先日、彼がいつもの調子で女の子と話していた。
それ自体はどうでもいい。
いや、どうでもよくはないけど、私に対する態度と彼女達に対する態度は同じ様でどこか違うから、まぁ、気にならない。


しかし、私は聞いてしまったのだ。
女の子が描いた絵を褒めているのを。
そして気付いてしまった。
それに嫉妬している自分に。


だから私はこうして絵を描く。
少しでもあの子の様に可愛い絵が描けるようになる為。
そして認めたくはないけど……風間に褒めてもらう為。


「洋子」


「なに?」


ぼーっとノートを見ていた私が顔を上げると少し真剣な顔をした風間がいた。
こんな雰囲気の風間は少し珍しくてドキっとする。
しばらく待ってみたが、一向に喋り出す気配はない。
もしかするといつもの“呼んでみただけ”かと思ったが、ふざけた様子は感じられない。
なんとなく恥ずかしくなってきたので私は目線を下に落とし、再び絵を描こうとした。


「好きだよ」


風間の声に私は慌てて視線を上げた。
いつものニコニコ顔だった。
言われ慣れているはずなのに、一気に体温が上がったのは私も彼と同じ気持ちだからだろうか。


「な、そっ、そんなの知ってるよ!」


「うん。ずっと大好きだからね」


これでもかと風間はそんな台詞を吐く。
その言葉に私はまた体温を上げてしまう。
からかわれているわけではないと分かっているからなおさら照れてしまうのだ。


「だからね、洋子」


真剣な声になったのを感じとって私は風間を見つめる。
やはり彼は真剣な顔をしていた。


「絵を練習する必要なんてないんだよ」


「!」


まるで全てを知っているかのような言い方に私は慌てて顔を伏せた。


「洋子、僕が好きなのは君だけ。確かに女の子は好きだけど、それはそれ」


いつもよりやや優しい声色で紡がれる言葉は私の鼓膜を優しく揺する。


「愛してるのは君だけ」


あまりに恥ずかしくて、私は自分の手をぎゅっと握った。


「君が作ったものならどんなものでも好き」


風間はスッとノートを指差す。
私がこれまで生み出したよくわからない生き物たち。
それらを一つずつ風間の指がなぞっていく。


「うさぎも猫も犬も狐もカバもパンダもネズミもね」


風間の唇から零れ落ちた動物の名前。
私の絵を見てそれらを想像するのはほぼ不可能だ。
誰に聞いても、分からないと答える。
生まれたときから一緒にいる家族ですら、だ。
それなのに彼は全部当ててしまった。


「な、なんで分かったの…?」


「さぁ、なんでだろうね。しいて言うなら」


愛かな、と風間は笑った。






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