廊下ですれ違う。
それは誰もが体験していることだ。
いつもとなんら変わらないはずのその行為。
いつもと違うのは私がすれ違った人物を振り返ったこと。


振り返ってその背を見送る。
あれは悪い方ではなく良い方だ。
それでもあれだけの数は見たことがない。


彼の名前はすぐに分かった。
というか、隣のクラスだった。
今まで知らなかった方がおかしい。
もしかするとそれもあれのせいか。


坂上修一。
彼の背後に見えるもの。
この世のものであってこの世のものではないもの。
彼には守護霊が憑いていた。
それも一体ではない。


「あれだけの数に守られてたら安全だわなー」


廊下の窓から外を眺めている彼を遠くから見ながら言った呟きが彼に届くことはない。
隣にいた友人が不思議そうな顔をして私を見るくらいだ。


幼い頃か、私には霊が見えていた。
足がないとか透けているとか色々と言われているが、あんなものは嘘っぱちで生きている人間とそう大差ない。
その証拠に、私は生きている人と死んでいる人の区別が出来なかった。


じっと見ているとその内の一体と目が合った。
髪の長い女の子。
ゆっくりと口角を上げて微笑む。
はっとするほど綺麗だった。
生前はもっと綺麗だったのだろう。


気が付けば、彼女だけではない。
坂上君に憑いている他の霊も私を見ていた。
陰気そうな子が上を指差す。
この上は屋上だ。


つまり、屋上に来いってことか。
私が小さく頷いて見せると彼らは姿を消した。
もう行ってしまったのだろう。
幸い今は昼休み。
少しだけなら大丈夫だろう。


一緒にいた友人に屋上へ向かうことを伝えてそこへ続く階段へ向かう。
僅かに話し声が聞こえる。
それは楽しそうな弾んだものではなく、相談事をしているかのような小さなものだった。
屋上に続く階段を上がりきると、扉に手を掛けた。
ノブを回して引くと心地よい風が入ってくる。


彼らはちょうど屋上の中央に集まっていた。
私が屋上に足を踏み入れると一斉にこちらを見る。
この学校の制服を着ているが、卒業生なのだろうか。
そうだとしたら坂上君との関係はなんなのだろう。


「来ましたね」


「なんていうか、普通〜」


陰気そうな子がポツリというとキャピキャピした女の子が私を舐めまわすようにみて行った。
第一印象、失礼な子だ。


「一体なんの用ですか?」


とりあえず、早めに話を切り上げて教室に戻りたい。
昼休みはあと十分だ。


「僕たちの姿が見えているんだろう?」


長身の男が言う。


「見えているからここまできて喋ってます」


私の言葉にさきほどの陰気そうな子が笑う。
いや、正確には長身の男を見て笑っていた。
それを受けて長身の男は彼を睨む。
どうやら仲は良くないらしい。


「お願いがあるの、あなたに」


廊下で私に微笑みかけた女の人が言う。
私に願いとはなんだろう。
成仏させてくれ、なんて言わないはずだが。
それでも霊からの願いなんて予想がつかない。


「私達が憑いてる彼を守ってほしいの」


「守る?」


それは、彼らの役目のはずだ。
というか、私が彼を守るなど出来るはずがない。
仮にあったとしても彼らの力に比べれば微々たるもの。
役には立てない。


「俺たちに出来ることは多い」


それまで様子を傍観していた不良風の男が言った。


「ただ、実体を伴わないから不振がられてしまう」


なるほど。
坂上君を助けようと、なにか物を動かせばそれはポルターガイストだ。
当事者の坂上君は彼らが守護霊として憑いていることを知らないからそんなことが度重なれば怖がるだろう。


それでも私に出来ることがあるとは思えない。
私と坂上君は面識がないのだ。
その上、彼らのように四六時中、坂上君を見張っているわけではない。


「そこでな。俺たちのことを明かすことにしたんだ」


「えっと…」


“明かす”とはもしかして…。


「存在を坂上君に明かすということですか?」


「えぇ」


またもや綺麗に笑って女の人が言う。
どうやって明かすつもりだろうか。
坂上君に霊能力があるようには思えない。


「今度、学校の七不思議を新聞部で特集するらしいの」


「そうなんですか?」


「そこで、協力してほしいのよ」


協力…。


「坂上君に、嘘の日付を教えてほしいの」


女の人の話をまとめると、新聞部の部長からの伝言だと本当に集まる日より一日早い日を私に伝えてほしいということだった。
そして、彼らはそこで語り部として話を始めて最終的に自分たちの存在を明かす。


その申し出は、けして出来ないことではない。
もし後日不振がられたとしても、私の勘違いで済ますことが出来る。


「受けてくれるかしら?」


そういってまた彼女は綺麗に笑う。


「はい、いいですよ。上手くやれるかは分かりませんけど」


受ける、という道以外にはなかった。
彼らの目に怪しい光がともっていたから。
守護霊だが、少し歪んでいるらしい。
邪魔をするつもりなら殺すこともいとわないのだろう。


「賢い選択ですね」


陰気な子が口元に弧を描いて言う。


「…断ったら呪い殺されそうですし」


言おうか言うまいか悩んだが、きっと彼らは勘付いているだろう。
私が少し恐怖していることに。
ここは素直に言ってしまった方がいい。


「ふふふ、あなたとは良い付き合いが出来そうだわ。木村さん」


そう言い残すと彼らはふっと消える。
それと同時にチャイムが鳴った。
しまった、授業が始まってしまった。
気は重かったが出ないわけにはいかない。
腹痛だったとでも言っておこう。


そう思って少し早歩きで教室へ向かう。
が、その前に辿りついて不思議に思う。
教室がやけに騒がしい。
まるでまだ休み時間のような騒がしさだ。
不振に思いながらゆっくりドアを開けた。


「なんだ、洋子か」


さきほどまで一緒にいた友人が声を掛けてきた。


「先生は?」


「石に躓いて頭打ったんだって。今日は自習。ある意味あんたラッキーだねー」


彼女が言い終わるのとほぼ同時に救急車の音が聞こえた。
彼女の言う通り、先生には悪いがラッキーだ。
本当なら、厳しいことで有名な先生の授業だった。
遅刻なんてしていたら生活指導室行き。
サボるなんてもっての他だ。


自分の席に座ると窓に目をやる。
視線を感じたからだ。
そこには先ほどまで私と屋上で話していた五人とあの場にはいなかった一人がいた。
太っている男は石を持っている。


彼があの場にいなかったのは先生を転ばしていたからか。
私と目が合うと彼らはゆっくりと笑みを浮かべた。
それは一見すれば微笑みなのだが、無言の脅しにも思えた。
逆らえばこうなるぞ、と。


彼らにこっそり笑みを返すと屋上のときと同様ふっと消えた。
さて、まずは新聞部の子を探さなくてはならない。
そして七不思議特集の日付を聞き出すのだ。






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