変わり果てた幼なじみの姿に、涙が浮かんだ。
「あんた誰?」
可愛くない、とは自分でも思う。
久しぶりとか、変わったねとか、元気だった、とか。
他に言うべき言葉やこの場に相応しい言葉なんて五万とあるのに、私の口からは可愛いげのない一言。
「可愛くないなぁ、久々だってのに。成歩堂龍一です、正真正銘」
私の記憶に新しい成歩堂龍一は青のスーツをカッチリ着込んで、弁護士バッヂを光らせていた。
でも、今目の前に立っている男は…。
「…………んー、なんていうか、…ダレたね」
正真正銘なんて付けるなら、証拠を見せなさい、証拠を。
そう言いかけてやめた。
過去の恥ずかしい思い出を証拠として出してくるに違いないからだ。
私と、元・恋人、成歩堂龍一しか知らない思い出を。
まぁ、理由はそれだけじゃない。
証拠、根拠、どちらも弁護士時代散々言い合ってきた言葉だろうと推測したからだ。
辛かったのなら、思い出してほしくない。
「洋子は、相変わらずだな」
「まぁね、私がしおらしくなってたら地球が崩壊してるよ」
「そりゃそうか」
訪ねてこなけりゃ良かった。
まだ、この家(というか事務所)に来て10分も経っていない。
変わったとは聞いていたがここまでとは…。
「あ、なんか飲む?」
「…お構いなく」
「構わなかったら怒るくせに」
「うん」
「否定しろよ」
そう言いながらも、成歩堂はお茶を入れるべくソファから立ち上がった。
一人になった私はキョロキョロと部屋を見回す。
本棚に置かれた手品の本。
それと並ぶ法律関係の本。
胸が、痛くなる。
「はい」
コト、と音を立てて目の前に置かれた湯呑みが湯気を立てていた。
「ありがとう」
「…………」
成歩堂が固まった。
入れてくれたお茶を一口飲んでも、成歩堂は動かない。
「なに?」
「…いや、洋子もお礼言うようになったんだなって」
「…喧嘩うってんの?」
確かに、以前の私なら言わなかっただろうけど。
今は、優しくしたい気分なのだ。
「ちょっとは女らしくなったなぁ」
「“ちょっと”?」
「いやいや、まぁ。ハハハ」
笑ってごまかされた。
「ただいまぁ」
「おかえりー」
自然に交わされる玄関と成歩堂の会話。
正確には、玄関から入ってきた人物との会話だが。
「あれ、お客さん?」
「ああ、ぼくの古い知り合い」
「初めまして、成歩堂みぬきです」
「初めまして…木村洋子です」
部屋に行ってるね、とみぬきちゃんは奥に引っ込んだ。
しばらくの沈黙。
先に口を開いたのは成歩堂だ。
「軽蔑した?」
「…なんで?」
「ほら、色々、さ。みぬきは、ぼくの娘」
「……二股かけてたの?」
怒気をはらんだ声で言ってみた。
計算上、あの子が生まれたときは私と付き合ってたはずだ。
「ま、まさか…とんでもない!」
成歩堂は全力で否定する。
「…分かってる。ちょっとからかってみただけ」
成歩堂にそんな技量がないことは分かっていた。
こいつは、二股なんて、出来る奴じゃない。
「…成歩堂、幸せ?」
「…………」
私にからわかれてヘラヘラしてた顔が、一瞬で真顔になる。
あぁ、私が惚れたのはこの顔だ。
「そう、だね。割と幸せ、かな」
真顔になったのは一瞬で、またヘラヘラ笑い始めた。
幸せな原因は聞かなくても分かる。
大方、みぬきちゃんだろう。
「ぼくは恵まれてると思うよ」
ポツリと成歩堂は呟いた。
私は、大人しく次の言葉を待つ。
「みぬきもいるし、仕事もある」
それに、と私を見つめた。
「こうやってわざわざ訪ねてくれる元・恋人もいるしね」
成歩堂の言葉が意味することは正直分からない。
ただ、ただ…。
私の涙腺を緩ますには十分過ぎる言葉で。
思いに反して視界はどんどん霞んでいった。
「な、なに言ってんだか。ちょっと気になったから来ただけで、別に心配で来たわけじゃないのに」
成歩堂は黙って頷いていた。
なにが楽しいのか、口元を緩ませて。
一つ、また一つ。
自分の意思に反して涙が落ちていく。
泣きたくなんてないのに。
あんたなしでも、私はちゃんとやって行けんのよ。
それを見せに来たのに。
誰の手も借りずに生きようと、娘を育てようとしてる成歩堂に比べたら、そんなもの大したことない。
あの成歩堂はどこ。
私の好きな成歩堂はどこ。
目の前にいるのは誰。
分かってる。
分かってる。
成歩堂だ。
泣いてる私を見つめる優しい目は成歩堂のものだ。
「ごめん」
辛いときに一緒に居られなくて。
連絡とらなくて。
なんの助けにもなれなくて。
役に、立てなくて。
「洋子は気にしなくていいよ」
優しい言葉が身に滲みる。
「成歩堂…」
「なに?」
「時々、逢いに来ていい?」
「…うん。いいよ」
なにも出来ないかも知れないけど、なにもしないなんて嫌だった。
同情かも知れない。
それでも、居たい。
一緒に、居たい。
私はまだ成歩堂が好きなんだ。