分かってるよ、御剣。
そんな顔しなくったって。
そんな眼で見なくったって。
私は…大馬鹿者だよ。
でも、私には出来ない。
傷付いてる成歩堂に付け入るなんて…。
私には出来ない。
「……笑っちゃうだろ」
呟いた成歩堂は自嘲気味に笑った。
その笑みに、私の胸は痛んだ。
ぎゅっと、誰かが握り潰そうとしているかのように。
「…笑えないよ…」
並んで座ったブランコ。
もうすぐ日が落ちるためか私達の他に人影はない。
足元を見つめている成歩堂から目を逸らし、私はブランコを漕ぎ出した。
空を蹴り飛ばすように漕ぎ続ける。
空に、美柳ちなみを浮かべた。
そして、美柳ちなみを蹴り飛ばすつもりで漕いだ。
どれだけ望んでも、どれだけ願っても手に入らなかった成歩堂龍一をあっさり手に入れて、己の企みに利用したあの女を。
私は許せそうにない。
「いっそ笑ってくれた方が楽だよ」
「ははは」
「全く楽しそうじゃないね、洋子」
「…だから笑えないってば」
図書館で本の山と格闘していた成歩堂を無理矢理、公園に引っ張って来たのは私だ。
気分転換も必要だとかなんとか言って。
ただ、私が一緒に居たかっただけなのに。
あの事件以来。
成歩堂は変わった。
いつもへらへら笑っていたのに。
まるで別人のようになった。
悲しくて辛かった。
私の知っている成歩堂龍一ではなくなった気がして。
そして彼を変えたのが、自分ではなかったことが。
「本当になるの?弁護士」
「うん」
「大変だよ?」
「うん」
「…遊べなくなるよ?」
「…うん」
彼の決意は本物のようだ。
どの返事も力強かった。
私には、止められない。
成歩堂が夢に向かって進んでいるのは喜ばしいことだ。
私が嫌なのは、彼の夢に私が一切関わっていないことだった。
勝手だ。
自分でも呆れるくらい自分勝手だ。
そして…これは嫉妬だと気付いている。
美柳ちなみに対して、女としての嫉妬。
「ぼくはそろそろ戻るよ」
「…もう行くの?」
「うん。洋子のお陰で確かに気分転換出来たかな」
ありがとう。
私に向けられた笑顔。
ずっと、私だけのものなら良いのに。
じゃあ、と成歩堂が去った後も私は公園にいた。
このことを後日、御剣に話した。
私が成歩堂に向ける感情を理解している唯一の人物だ。
「馬鹿だと思う?」
「あぁ」
「だよね、私も思うもん」
「…大馬鹿者だと思う」
そこまで言わなくてもいいじゃないか。
昔から男女の間では行われてきたことだ。
相手が弱っているところに付け入る。
でも、それはしたくなかった。
そんな方法で成歩堂を手に入れても、私は嬉しくない。
その旨を御剣に伝えると、なんとも言えない顔で見詰められた。
少し悲しげな顔で睨む。
そんな顔が出来るのは、あんたぐらいだよ御剣。
「まぁ、見守ってて」
「洋子…」
「ついでに祈ってくれててもいいよ」
私が成歩堂と結ばれるように。
御剣はなにも言わなかった。
私の強がりだと、分かっていたのかも知れない。
いつだって御剣はお見通しだから。
私の涙も物語っていたけれど。
今は癪だけど応援しよう、成歩堂龍一を。
無事、弁護士になれたら。
正々堂々、勝負してやる。